主訴:子どもの卵巣脳腫
大阪市在住 2歳11ヶ月 女子
初診日:平成23年1月8日
(現病歴)
昨年11月下旬、保育園の内科検診で両乳腺肥大が見つかる。その後、10日間にわたり不正出血が続く。(生理様のさらっとした血で少し下着に付く程度)
出血は一度は止まったが、再び2~3日間また出血しだす。それ以降は起こっていない。
大学病院にて検査をした結果、6センチ大の卵巣脳腫(左側)が見つかり、即入院となり手術を待つ事に。
しかし、手術前に、母親の風邪がうつり38度発熱(2日間で解熱)し、手術は12月22日まで延期となる。手術直前になり、今度は院内でウイルスに感染し、下痢・嘔吐のため手術は今年1月下旬まで再度延期となったため鍼灸院に来られる。
母親がこの娘さんを妊娠中、母親の左卵巣が5センチまで大きくなり、仕事を2週間休む。妊娠中期には卵巣の腫れが治まったため仕事に復帰し、出産2ヶ月前まで仕事を継続する。治療は何もしなかった。
(その他の問診事項)
・1歳から保育園に通う。5歳の姉の2人姉妹。
・食事は野菜も食べるが比較的肉食を好む。甘いものも大好き。
・口の渇き有り。
・赤ちゃんの時はおとなしい子でカンも高くなかった。
・湿疹が背中の上部と膝の裏にできる。
(特記すべき体表観察)
望診:顔面は全体的に白と青。(特に眉間の間)
舌診:暗い紅色、白膩苔、舌腹の舌下静脈怒張大。
脈診:滑脈。
背候診:左心兪~脾兪まで実、右肺兪、腎兪虚、命門の熱感、左膏肓あたりにかさぶた有り、背中の上部に赤い発疹多数。
腹診:左大巨実、右肝の相火実。
その他:手足湿熱。
(診断と治療方針)
肝鬱化火(本人の肝の高さと母親のストレスを感受)の熱邪と湿邪(肉食と甘いもの)が結び、湿熱邪となり下焦(卵巣)に下注し、卵巣膿腫となったと考える。
「熱邪」+「湿邪」=「湿熱邪」
(治療方法)
1診目~5診目:古代銀鍼(北辰会が開発した刺さない接触するだけの鍼)を使用。
百会・十井穴(手の爪の際のツボ)・背候診・命門に接触鍼を1日おきにする。
(治療結果)
1回目の治療の後、発熱(38度)し、次の日に解熱する。2日後、腹部に赤い輪っかのような跡(4,5センチ大)ができる。
2診目の治療で背中の赤味や発疹がほとんど無くなる。
3診目の治療時には腹部の輪っかの跡は消失。
5回の治療後、1月下旬の検査の結果、卵巣嚢腫は消えていたため手術は中止となる。
本人の舌の赤みと苔が薄くなり、青白い顔に赤みがさす。→これは、湿熱邪が減少したことを示す。
(考察)
たった5回の治療で卵巣嚢腫が本当に消失したのかどうか考えてみたい。
まず、顔の青白さ(肝気が高い)や接した時の感じから、人一倍、神経質で肝のきついお子さんではないかとの印象を受けました。
入院経験のあるお子さんは、特に何をされるかに敏感のため、ゆっくりと体表観察が出来ませんでしたが、鍼が痛くないことが分かると自ら手や背中を出してくれるようになりました。
体表観察で注目したことは、身体の中の熱の度合いです。舌の赤さ、背中の熱感、特に背中上部と命門(腰の中央のツボ)の熱感はきつく、この熱邪が卵巣で湿邪と結ばれ塊(膿腫)となったのではと予測してみました。
食事からも、油物、甘いものが多く体質的にも湿熱邪が発生し易い状態にあったと思われます。
1回目の治療後に、発熱しその後、腹部に赤い輪っか(4センチ大)が現れたことは身体の中に潜んでいた熱邪が浮いてきた可能性があると思われます。
実際、数回の治療後にはその赤い輪っかも背中上部の赤みも消失していました。
また、特記すべき事は、お母さんが妊娠中に同じく左の卵巣が腫れていたことです。全く不思議な偶然のように思えますが、子供とお母さんの関係は、こちらが考える以上に深く密接につながっていると思えば、納得ができます。
非常に勘の鋭いお子さんであればある程考えられることです。私の考えでは、忙しいお母さんの心(魂)を深く心配し、その心をそのまま感受したため、全く同じ左側に同じ病を発生させたのかもしれないと思いました。
このように敏感な反応を示すお子さんですから、今後は、肝気、肺気ともに過多になり過ぎないように鍼灸治療を継続していくことと、お母さん自身も無理をせず、心身共に健康でいて頂きたいと心から願います。敏感で感受性が強いお子さんは、お母さんの苦しみや痛みも驚くほどの速さで感受してしまうからです。
ともかくも、薬も全く使用せず、卵巣嚢腫は消え手術をしなくて済んだという事実を素直に喜びたいです。
川西市在住 女性 55歳
初診日:平成22年8月中旬
主訴:坐骨神経痛
(現病歴)
昨年(平成21年)春頃から両足の大腿部後面が痛み出し、仕事に支障が出るようになったためヘルパーの仕事を退職する。しかし、夏に転んで左膝を打撲したことをきっかけに痛みがひどくなり(右>左)坐骨の方まで痛みが広がる。
11月、激痛が起こり救急車で運ばれそのまま2週間の入院となる。
痛み止めの薬や、硬膜外ブロック注射も効果なく、眠れず睡眠薬を毎日服用するようになる。大きな病院に移され、うつ病と診断されるが、処方された薬は服用しなかった。今年5月頃、車を運転する機会が増えてから再び痛みが激しくなり右坐骨~右股関節~右膝が差し込むように痛み、足にテーピング、腰にコルセットを着用。
整形外科でボルタレン、マッサージ、牽引などを施すがよくならず、鍼灸院に来院された。
(増悪因子):動き始めて1~2時間後に激痛。雨が降る前
(緩解因子):立っている等、臀部が何かに触れてない時
(その他の問診事項)
口の渇き有り、温飲好む、口が苦い、寝汗、足が冷える、寝付きが悪い(一時間後)など。
(特記すべき体表観察)
舌診:淡紅色、薄白苔、舌先から舌辺の無苔、やや舌に力が無い。
脈診:脈力有り、脈幅有り。
穴(つぼ)診:左太衝、左臨泣(足)、左照海、巨闕兪の圧痛、左心兪、右肝兪~胃兪、右胞肓冷えなど。
空間診:百会左、臍周左
その他:手足が黄色、痛む場所は冷感。
(診断と治療方針)
証:肝鬱気滞証~膀胱経の経気不利
坐骨神経の痛みは、3年ほど1人で介護していたお父さまが亡くなられた直後に発症している。また、ご主人を亡くされる中、子育てをしながら、立ち仕事に従事されてきた。
これらのことを念頭に、体表を観察すれば、肝気の高ぶりと共に、下半身の弱りが見られる。舌診でも実(ストレス=肝)と虚(弱り=腎)の両面が観察された。
ひとりで生活の全てを切り盛りされる等、緊張の連続の中では何とか持ちこたえていた身体の不調が、ほっとした時に一気に吹き出したものと思われる。
弱りが腰に現れたのは、長年の立ち仕事に加え、更年期辺りの年齢でもあり腎や膀胱などが弱っていた事が考えられる。
痛みの場所が足太陽膀胱経上(大腿部後面)、足陽明胃経絡上(臀部)でもあり、更年期など腎の弱りと重なったことも要因となった。
治療は、腎・膀胱を直接アプローチせず、発病した弱りの中心は脾胃と考え、脾胃をまず立て、肝にアプローチし膀胱の経絡の気の流れをよくする治療とする。
1診目~4診目:脾兪穴
5診目~7診目:百会穴
8診目~10診目:天枢穴
11診目~12診目:滑肉門穴
13診目~15診目:心兪穴
16診目~18診目:天枢穴
19診目~21診目:照海穴
22診目~:太衝穴
(治療結果)
坐骨神経痛の痛みは、治療後数回でやや軽くなる。16診目からは気にならない日も出てきた。現在、冷えた日以外はほぼ痛みが緩和され、よく眠れるようになる。薬の服用は一切無し。
(考察)
ペインクリニックでの痛み止めの注射もボルタレン薬も効果が無かった痛み疾患。これらは、鍼灸の得意とするところです。なぜなら、東洋医学では、痛みの原因を「心と身体の両面」から探っていくからです。
生活でどれ程のご苦労を抱え、どのような生活習慣(仕事も含め)なのか、勿論その一端しか察することは出来ませんが、その一端を知る事がいかに大切なことかをこの症例は教えてくれています。痛みの部分のみを検査し、そこにのみ注射や湿布をしても、根本を知らなければ本当には完治することは出来ません。たとえ精神的なアドバイスは無くても、鍼灸は逆に身体のバランスの崩れを整えていけば精神も安定するのです。
また、このような運動器疾患の治療の時に注意をしなければならないことは、虚と実を見分けることは勿論のこと、病の方向性を見極めることです。
この場合、仕事などで元々腰に負担をかけていた所、腰~臀部~ふくらはぎのように、上から下に病が動きます。その場合、下に取穴(ツボを選ぶ)すれば、病を引っ張り悪化させる可能性があります。腎の虚を考えると、下にツボを取りたかったのですが、これらの事を考え痛みが落ち着いてから照海など下にツボを取りました。
このことは、北辰会代表、藤本蓮風先生の著書「鍼灸治療 上下左右前後の法則(P 173)」にも述べられています。このような疾患はあまりにも多いです。
是非、1本鍼の素晴らしさを実感して頂きたい思いでいっぱいです。
神戸市在住 女性 37歳
主訴:偏頭痛と腹痛、胃痛
初診日:平成22年11月上旬
(現病歴)
子どもの頃から風邪を引き易く、よく中耳炎になっていた。
20歳の頃、ダイエットで12~13キロ体重減少するが、その反動で今度はお菓子しか食べないダイエットをする。
1年間生理が来なくなり、貧血もひどく、一度倒れたためダイエットを中止。現在も立ちくらみは続いている。
また、10年ほど前からストレス性の腹痛がよく起こるようになる。
更に、1年前、転職してから仕事のストレスが増大し、右側の後頭部痛が起こり、痛み(ズキズキ)で眠れなくなった。その後、偏頭痛(右)が、特に秋~冬にかけて頻繁に起こるようになり、痛くなる前は、肩の凝りがひどく目がチカチカする。同時に腹痛もひどくなり胃痛を伴い排便(下痢)をしても痛みはおさまらないため来院される。
(その他の症状)
・1年程前から高音の耳鳴り(左)、寝つきが悪く熟睡感がない、口内炎が出来易い、夏でも汗が出にくい、朝疲れ易い、吐き気、胸やけがする、目が疲れる。
(その他の問診事項)
・飲食:油物が多い、間食でクッキーなど甘い物が多い。
・口渇き有り、温飲を一気に飲む。
・排便尿:残便感あり(1日5~6回)、軟便。尿回数10回。
・生理状況:痛経有り(1日目~2日目)、生理前イライラと食欲増加。
・性格:ストレスをため易い。人に話した後から後悔することも有り。
・運動1時間ですっきりする。
(特記すべき体表観察)
・舌診:暗紅、舌先赤(気が上昇している状態)、白膩苔・ハン大舌(水湿のめぐりが悪く舌が腫れてる)(下記写真)・ 原穴診:左太衝、右合谷、右内関
・背候診:上焦(上部)熱感、神道~脊中まで圧痛(特に接脊)
・脈診:滑弦脈、有力
・腹診:左脾募、肝の相火、胃土の邪
(診断と治療方針)
肝脾不和証:
ストレス過度により肝気が高ぶり過ぎたため、頭痛、耳鳴りなどが起こり、それが元来弱かった脾胃に影響し、腹痛、下痢などの症状もひどくなったと考えた。
油物等の食べ物もさることながら、ストレスの解消が苦手なことや、性格的に思い悩んだり、気にし易い人は、肝から脾胃に影響が及び易い。特に、秋に症状が悪化する事は、夏の暑さによって胃腸を弱らせ、更に肝気が高ぶる結果になったのではないかと思われる。
東洋医学では、胃と肝の関係を「木剋土」(もっこくど)という。この関係は、五行では、木(もく)は肝、土(ど)は脾(胃)にあたり、肝気の疏泄作用(気を全身にめぐらせる作用)と脾気(胃)の運化作用(水分、栄養分を全身に運搬する作用)は、互いに協力して、いわゆる消化吸収が正常に行なわれる。肝と脾胃の関係がうまくいかないと、「木乗土」(もくじょうど)といって、食欲減退や下痢、腹痛など、ストレスから主に消化器系の様々な病状が生じやすくなる。
舌の腫れ(痛み無し)や苔の多さ(脾胃)と舌先から舌辺にかけての赤み(肝)にも、脾胃と肝のアンバランスが証明される。(下記写真)
(治療配穴と治療効果)
約5日に1回の治療
1診目~3診目:心兪穴
4診目~5診目:肝兪穴
6診目~8診目:天枢穴と中脘の灸
9診目~:百会穴
初診後はよく眠れて翌日調子が良かった。5診目までに数回軽い頭痛が起こったがすぐにおさまる。食べると下痢になることから天枢と中脘の灸に変更する。
かなり顏色がよくなり頭痛はストレスがかかってもほぼ消失する。百会にツボを変更したのは、気逆咳(一度出ると止まらなくなる咳=肝の高ぶり)のため。
現在も治療継続中。
(考察)
はじめて来院された時は、顏色は黒ずんだ白っぽい色で、目の下のクマなど心身共に非常に疲れているご様子でした。鍼をして、みるみるうちに顏色が良くなり、元気になっていかれるのがはっきりと分かりました。
若い頃の無理なダイエットなどは、多くの人が経験されているように生理が止まるなどかなりの体調の不調を伴います。東洋医学では、血の生成の中心的役割は、脾胃であると考えます。無理なダイエットの精神的な苦痛は、更に脾胃を弱める事になり血の生成にも影響を及ぼします。
また、ストレス過多で肝気が昂ぶると、血が相対的に減少します。脾胃の弱りと、肝気の昂ぶりによる血の減少が重なり、貧血で倒れるまでになってしまったものと予測ができます。
北辰会代表、藤本蓮風氏は、著書「臓腑経絡学」の中で、「体外にある物を吸収し、いらない物を排出し必要な物は身体を循環させる事を「同化と異化」又は「物質代謝」といい、この中核をなすのが「土」=脾の臓(胃の腑)である」といわれています。
患者さんは、肝気の高ぶりが亢進して、本来弱かった脾の水湿代謝に影響を及ぼしたものと考えました。その改善は、症状と合わせて、舌の腫れぼったさが締まってきた事にも現れています。
食と肝気の昂ぶりは密接ですので、肝が高ぶれば食欲が亢進し更に脾胃のめぐりを停滞させてしまいます。
考え方の転換や発散こそ脾胃を守るためにはとても重要な事なのです。
それにしても、鍼で体調を調えれば、多少のストレスには強くなり、身体にまで影響が及ぶ事は無くなるというのがこの医療の誇れるところだと考えます。
舌の先全体と縁が赤い
舌の裏(左記共初診時)
大阪市在住 女性71歳
主訴:関節炎(頚部、手関節、手指関節、膝関節、足関節など多数)
初診日:平成22年9月初旬
(現病歴)
数ヶ月前からボランティアなどで心身共に無理をしていた時、7月梅雨明け後、急に気温が上がってから様々な場所がズキズキと痛み出した。はじめに痛んだ場所は、手の第一関節(左薬指、右小指)で、朝一時間ほど手がこわばり、左手首が赤く腫れてくる。病院では関節炎と診断され、痛み止めの薬を服用。
7月下旬に右の膝中央~徐々に外側に痛みが移動し、整形で水抜きを2回する。階段を上がるのが一番辛い。
8月から左の頚も痛み出す。レントゲンで骨が飛び出ていると言われ首吊り6回。足首~足甲(左>右)も痛くなり階段も一段ずつしか上がれない。痛み止め、接骨院での首吊り、電気治療を施すも改善されず、9月に入って、上記の症状が悪化したため来院される。
(その他の症状)
・今年2月に胃がもたれ、胃カメラ検査。ピロリ菌除去の抗生物質を服用。
・体重減少(10年の間に16キロ(特に今年に入り)やせて現在44キロ)。
・便秘(薬使用)
・夜間尿3回。
・外反母趾(左>右)
・汗がほとんど出ない。
関節炎に対して
(緩解因子):さすったり、動き出すと楽になる。
(増悪因子):長く立っていたり歩いたり掃除機かけた時。
(その他の問診事項)
飲食:口渇あり。冷飲を好む(冬も)食べ過ぎる傾向あり。
生理:42歳で閉経。
(特記すべき体表観察)
舌診:舌背(紅(右前半分)・色あせ(左半分))瘀血様有り(下記写真)
脈診:一息4至半、滑・弦・左尺(やや虚)
腹診:大巨(全体的に虚軟、特に下焦)
ツボ:右太白虚、督脉圧痛(陽関、神道、筋縮の順)右志室微冷感(特に右脾兪の虚顕著)、太衝実熱感顕著
(診断と治療方針)
証:肝鬱熱痺(標)、脾虚(本)
東洋医学では、関節炎などリュウマチ様の痛み(ひどくなると腫れ)の症状を「痺症(ひしょう)」という概念で捉える。様々な段階があるが、ここでは、痛みは熱によって起こっていると考える。その熱は、ストレスが過多になり過ぎて肝鬱(肝気の滞り)を起こした事と、夏の暑さが重なった事が考えられる。患部に熱感がある事、便秘傾向、冬でも冷飲好む事からも明らかである。
しかし、関節が痛むようになった背景には何らかの弱りがあることが考えられる。ここでは、脾胃のツボの反応や、ひどい外反母趾(東洋医学では肝と脾胃のアンバランスから起こるとしている)、体重減少などから脾の臓の弱りが背景にあると思われる。
つまり、脾虚が肝に乗じ、「木乗土」(もくじょうど)となり痺症が生じる原因となったと考えた。
よって、肝の熱を冷ます治療にて痛みを取り、その後は脾の弱りをホローアップするよう治療を施す。
(配穴と効果)
初診時~3診目まで:百会
4診目~7診目まで:霊台か神道+三陰交
8診目以降:脾兪
初診時で夕方5時から朝まであった痛みは消失。
3診目に朝の手のこわばりは無くなり、治療後、舌に赤味が増す。これは、沈んでいた熱が表面に浮いてきた事を示してあると考える。6診目、鍼を抜いた後、(神道から)少し出血する。(熱が出血により除かれたいい傾向)
8診目には痛みは全体的に緩和した為、脾兪穴にツボを変更する。
(考察)
暑かった夏に汗をかけず身体の内に熱を溜め込んでしまい、熱痺(ねっぴ)になったものと考えられます。熱痺は、炎症が関節に起こし痛みがきつくなります。実際、患部をさわるとかなりきつい熱感がありました。(下記写真)このように痛みがひどい時は熱を除去する治療に専念しますが、いつまでも同じ治療(瀉法といって強い鍼)を続けていけば今度は、弱っているところが助長されます。
患者さんの年齢、体表観察でのツボの反応を診て治療の加減をしていくことは非常に大切です。
北辰会代表、藤本蓮風先生は、著書「鍼灸医学における実践から理論へパート2」の中で、「「正邪が共に存在するという事は、例えば虚を中心に治療を行っていくと、今度は邪実が盛んになってきます。・・その時期をみて、あるときは正気を補うことを中心に、あるときは邪実を中心に下す。このように治療方針をたてないといけない。」と言われています。
1本の鍼だからこそ虚実、寒熱をしっかり判断して
慎重に治療をしていく必要があります。
初診時の手の腫れ
治療1ヵ月後
初診時の舌
治療1ヵ月後の舌
兵庫県在住 女性 発症時27歳
主訴:耳鳴り
(現病歴)
平成22年10月5日ごろから両側の耳鳴りが発症。
薬でしのいでいたものの、11月中旬ごろには薬の効果もなくなり鍼灸治療に切り替える。
来院時は、左耳のみ耳鳴り。耳閉感も伴いテレビの音が響くようになる。耳鳴りの音は始めはボーンという低音だったが、現在キーンとした高音の耳鳴りがする。
特に、お昼ごろ高音がひどく、夜はボンッという低い音も聞こえる。
耳鳴り発症前は、絵画や陶器製作など多忙で、ひどい肩こりも伴い左脇の方まで痛くなる事もあった。
(既往歴)
2歳:腸炎(熱性けいれん)→癲癇(てんかん)夏の暑さで発作を起こし易い(現在治療中)。
17歳:ヘルペス。
20歳:卵巣摘出(術後1年後に生理が来る)。
(飲食など他の主な問診)
飲食:鳥のから揚げなどが好物、間食にポテトチップス、甘い物を食す。
大小便:多忙になると便秘傾向、残便感あり、尿勢・尿切れ共やや悪い、時々尿漏。
生理の状況:生理痛あり、生理前気分が様々変化する、生理中便秘、胸がはる、頭痛など。
口内炎が出来易い(下歯茎)、目が疲れる、爪が割れやすい、足が冷える。
(診断と治療方針)
小さい頃の熱性痙攣、口内炎が出来易い、緊張時や夏などにてんかん発作が出易い事などを考え、体質は熱傾向であると思われる。
その上、緊張時のてんかん発作、肌理(きめ)の細かさ(細かいほど敏感)などから神経過敏でデリケートな体質と察する。
上記の熱性と神経過敏な体質をベースとして、今回の耳鳴りは、主に高音であることや、多忙で運動不足になっている時に発症していることから、肝気の高ぶりが昂じた事が原因ではないかと思われる。それが肝と表裏である胆経の経絡上に気が走り、耳鳴りが発症したものと考えた。
肝の高ぶりは、舌先のきつい紅点や顔面の青白さ度合い(顔面診)、脈状(弦)、腹部の緊張状態などの体表観察からも明らかである。
治療は、週2回。1診目~11診目まで後谿穴。(5診目のみ照海穴)
(治療経過)
6診目には耳鳴りはかなり改善する。
7診目からは全く起こらなくなり完治。
(考察)
彼女の肌理(きめ)の細かさは抜群で本当に美しい透き通った肌です。
これは、東洋医学では神経の過敏さと関係し、鍼の太さや置鍼時間にも考慮する必要があります。過敏ゆえ効き過ぎてしまい、後で非常に疲れたりすることもあるからです。
藤本蓮風先生は、著書「臓腑経絡学」の中で、「肌がきめ細かいか粗いかは、その人の感受性の度合いに比例する事が多い。特に肝鬱傾向(緊張状態を示す)がひどく、更に肌目が細かい人は、最初から過敏な治療は絶対してはいけないことを暗示している。これは、感覚を主(つかさど)る肺気が、あるいは魄気(はくき)が関係するからだと考える」と言われているとおりです。
五蔵の中で肺の臓は「魄(はく)を蔵する」といって、肺が動くのは魄があるからとされています。
このような人は、頑張り過ぎるなどして、緊張状態が続いたりすると、様々な症状が特に上焦(上部)に起こりやすい傾向にあります。(てんかんも含めて)
この耳鳴りも、根をつめた事と運動不足から、肩が非常に凝り、耳に影響したものと思われますので、散歩などを普段から継続し、気が上がり過ぎないようにすることが大事です。
彼女は、耳鳴りが完治したことをとても喜んで下さり、才能を生かして自作の絵葉書を私とスタッフに書いてくださいました。(下記に掲載)
「癒しの達人」とのもったいない言葉を頂きましたが、実際、鍼灸治療の効果は単に身体のみでなく「心」、または、心の奥の「魂」の領域をも動かすことが出来る本当に優れた治療なのです。
癒しの達人
みんなへ配慮すてきです