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実千代鍼灸院 Michiyo Acupuncture Clinic

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症例

2010年3月11日(木)

特発性難聴 []

特発性両側性感音難聴

原因不明の感音難聴のなかで、両側性に難聴が進行する病気で、めまいを反復するものや遺伝性の疾患は除外される。難聴は両側同時に進行するとは限らないため、左右の難聴の程度が異なることもある。まれに一側性のものもある。
随伴症状として、耳鳴りを伴うことはあるが、めまいを訴えることはあまり多くない。
突発性難聴は、難聴が一側性で、発作は一度だけで反復はしないとされている。

東洋医学的には、耳鳴りと耳聾(難聴)は密接な関係があり、耳鳴りは耳聾の軽症で、耳聾は耳鳴のひどいものであるとしている。
その病因は約10種類ほどに分類されている。

症例:特発性難聴
患者:34歳 女性
初診日:平成21年12月

(症状の経過)

看護師として就職してから、食生活の乱れや運動不足などが重なり、徐々に肩こり(特に左)を感じるようになる。その後も常に多忙な生活を続け、昨年10月夜、初めて高音の耳鳴りを左耳に感じ、うるさくて眠れず、1週間眠剤を服用する。
耳鳴りはキーンとした高音で間欠的に持続するが、嘔気、頭痛は無い。
聴力検査では、左耳の聴力は0。ステロイド点滴を10日間受けるが0から3にしか改善されず、神経ブロックを施す。会話以下の低音は5以上になるが、一日中耳鳴りが止まらず、大きな耳鳴音が割れて入ってくる等、苦痛を訴えられ来院される。

その他の随伴症状:首、肩こり(左)、湿疹が出来やすい(首・顔の一部)、扁桃腺をよく腫らす、手足が冷える、生理痛(2?3日目)など。

東洋医学での診断と治療

(気滞?肝気上逆体質)
気が全身の経絡をスムーズに流れていてこそ痛みや凝り感がないと東洋医学では捉える。
患者さんは、常に肩を凝らしていたことや、ため息がよく出る(ため息は詰まった気を解こうとする生理現象でもある)など肝の気滞症状が見られる。また、北辰会独自の負加試験としている運動後、大小便後、入浴後、生理後などで身体がすっきりするなど、患者さんの体力は充実しているので、休むことも無く頑張り過ぎてしまう傾向にあったと思われる。東洋医学では、体力が充実していることを、正気がしっかりしていると表現する。
正気がしっかりしている事は、脈力(この患者さんは弦脈)の有無、舌の状態などでも知ることができる(舌がしっかり出せるかどうかなど)。
また、東洋医学での診断に於いて、主訴に対して、増悪因子(どのような時に主訴が悪化するか)と緩解因子(どのような時に主訴が軽くなるか)を知ることは、その病の原因を探る上でのポイントになる。
増悪因子:1日中耳鳴りはするが、仕事中は周りがうるさいため、特に帰宅後は耳鳴りが大きく感じる。
緩解因子:朝起床時、リラックスした時。
患者さんは、リラックス時に耳鳴りが楽になる。この事は、ストレスなど肝気の高ぶりによって耳鳴りが起こり、その肝気の高ぶりが更に昂じ、肝の経絡と表裏の胆の経絡(耳に入っている)を犯し、耳鳴り、難聴が生じたものと考えた。このように肝気の高ぶりが更に昂じて上へ昇ることを肝気上逆という。

(語句の解説)
負荷試験入浴や運動、排泄後に疲労感や主訴が悪化するものは、正気が弱っていると考える。正気が弱っている時に強い治療などをすると、病気と闘う元気が無くなり病邪に負けてしまうので注意を要する。正気の弱りの程度を知るのに有効。
表裏関係肝の臓と胆の腑のように臓と腑は表裏関係にあり、互いに密接な関係を持つ。耳には胆経、大腸経、小腸経、腎経、三焦経などが深く関与している。

(瘀血傾向)
気滞が長引くと「気」と共に「血」の流れが悪くなり、血の塊を身体の中で形成しやすくなる。この状態を瘀血(おけつ)と呼ぶ。
この症状は、舌の舌下静脈の怒脹の度合い(写真下)、または舌の紅点が黒点に変化したり
舌の色が暗紫色になったり(同写真)、肌の色や爪の生え際の黒ずんだ色などうっ血状態で観察される。


舌の先の赤味と紅点は肝気上逆を示す


舌裏の静脈の紫色は瘀血を示す

証:肝鬱気滞・肝気上逆

以上のことから、素体(体質)として瘀血傾向にはあるものの、長年の鬱積した気の滞り(肩こりなど)が長引き、それが上逆した事によって耳鳴りが生じたものと考えた。
治療穴として後谿穴(こうけい)(左)に3番鍼で10分の置鍼から始める。後谿穴は専門的に言えば、奇経八脈の督脈(全ての陽気を調節する)を支配し(また手の太陽経が大椎に流注し、督脈と交わることから督脈の主治穴になっている)つまり、このツボは一身の熱に関与し(内熱を冷ます)、心神(精神)を安定させる作用ももっている。

(治療経過)

2診目までは耳鳴りの変化は無かったが、身体が温かくなったとの自覚あり(気がめぐり出した証拠)。
3診目から治療後は高音の耳鳴りの頻度がましになり、4診目の検査の結果、低音は正常値、高音も半分は回復。耳鳴りの頻度は4回目の治療で、初診時を「10」としたら「2」にまで改善される。勿論、薬は全く使用していない。
現在は、概ね症状が改善され、多忙時でも耳鳴りを感じなくなってきたばかりでなく、肩こりも楽になり上半身によく出ていた汗も出なくなる。
また、他覚的にも顔の黒ずみが薄くなり、手足が施術後すぐ温まるようになり、気血のめぐりが良くなってきたと思われる。

(考察)

難聴は、悪化していくとコミュニケーション障害が最も深刻な問題となる。
その上、耳鳴りを生じると、他人には分からない苦痛を伴いながら生活しなければならない。西洋医学では難治とされているこれら難聴は、東洋医学では耳のみを診るのではなく、上記の様に、身体全体のバランスの崩れを見出し、その原因に対しバランスをとる様に鍼灸治療でアプローチしていく。肝気が最も盛んになる、いわゆる木の芽時、2月からの春季に多くの患者さんがメニエール氏病や突発性難聴で来院される。
このことを考えてみても、耳のみを診て薬のみで解決することのほうが難治だと考える。

(参考資料)
経穴解説 藤本蓮風著 メディカルユーコン社
臓腑経絡学 藤本蓮風監修 アルテミシア社
症状による中医診断と治療 燎原社