主訴:疲労時の喉痛と腰痛
西宮市在住 38歳女性 会社員
初診日:平成23年3月初旬
(現病歴)
小さい頃から風邪を引きやすく扁桃腺をよく腫らしていた。大学卒業後、就職してしてから生活のリズムが崩れ、疲労時に喉痛とともに高熱が出るようになる。抗生物質を服用し治まる。ストレスがかかるとチョコレートを食べたくなり、その後はよく口内炎が出来ていた。多忙で神経を使うと、高音の耳鳴りや円形ハゲ、不正出血なども起こる。
30代半ばに初めてぎっくり腰になったことをきっかけに運動をするようになる。運動によって冷え性がましになる。
現在も毎年春になると疲労時の喉痛がおこり、腰痛もスッキリしないため来院される。
(そのほかの問診事項)
・肩が凝る。
・目が乾燥する、光が眩しい。
・むくみがある(目と足)
・耳鳴りがある。
・生理痛がある。
(主な体表観察所見)
舌診:暗紅色~やや紫色、地図状に剥げが多数あり。
脈診:1息4至半、脈幅、脈力有り、右尺位弱。
原穴診:左腕骨、陽池、照海、外関が虚。右臨泣虚中実。右神門虚。
背候診:身柱・神道・筋縮~縣枢に庄痛、右風門・肺兪など虚、左は虚中の実。両腎兪は冷え。
腹診:右脾募、肝の相火、胃土邪気。
★上記の情報から、気の上昇が酷く、相対的に下半身である腎の蔵が弱っている状態といえる。
(診断と配穴)
ちょっと疲れると扁桃炎になる人は、様々な原因はあるものの「腎の蔵」の弱りが考えられる。喉に熱がこもりやすい上、ストレスがかかるとチョコレートなどが欲しくなり、更に熱を上部に溜めてしまう。これは、「肝の熱」と関係が深い。
その上、仕事上、長時間座位の姿勢を続けているため、下半身が弱り気が更に上昇している状態である。このように腎と肝のアンバランスをおこし、高音の耳鳴りや円形のハゲ、口内炎もできていると考えた。
主訴の疲労時の喉痛と腰痛は腎の弱りを改善し、肝気の高ぶりを抑えれば改善されるものと考える。
(配穴と治療効果)
1診目~4診目:百会 20分置鍼
5診目~7診目:天枢 25分置鍼
8診目~10診目:太衝 25分置鍼
11診目~13診目:滑肉門 25分置鍼
(治療効果)
3診目には腰痛がましになる日も出てくるが、仕事で根を詰めまた痛くなる。喉痛もストレスや疲れでおこっていたが現在は改善されてきた。
この治療の中で、生理痛が無くなり、口内炎もできなくなった。耳鳴りの回数も減少。
(考察)
患者さんは人の何倍も努力をされる方で、知らず知らずのうちに身体の緊張を継続させ、緩みの部分が少なくなっているように感じました。
疲れると喉が痛くなることや腰痛が出ることもひとつの身体の反応で、放置しておけば治りにくくなり、今度は気の滞りがひどくなり、血の滞りにまで発展してしまう可能性があります。それは、子宮筋腫や膿腫などになりかねません。生理痛なども鍼灸治療で改善されたことによってグンとそのような可能性は低くなったものと思われます。
また、チョコレートを欲することと肝気の高ぶりは比例していますので、チョコレートの量が増えてきたら身体を休めることです。
多忙な中こそ自分のお身体のメンテナンスをこのように大事にしていただきたいです。東洋医学はどこまでも未病治ですので。
兵庫県在住 女性 発症時27歳
主訴:耳鳴り
(現病歴)
平成22年10月5日ごろから両側の耳鳴りが発症。
薬でしのいでいたものの、11月中旬ごろには薬の効果もなくなり鍼灸治療に切り替える。
来院時は、左耳のみ耳鳴り。耳閉感も伴いテレビの音が響くようになる。耳鳴りの音は始めはボーンという低音だったが、現在キーンとした高音の耳鳴りがする。
特に、お昼ごろ高音がひどく、夜はボンッという低い音も聞こえる。
耳鳴り発症前は、絵画や陶器製作など多忙で、ひどい肩こりも伴い左脇の方まで痛くなる事もあった。
(既往歴)
2歳:腸炎(熱性けいれん)→癲癇(てんかん)夏の暑さで発作を起こし易い(現在治療中)。
17歳:ヘルペス。
20歳:卵巣摘出(術後1年後に生理が来る)。
(飲食など他の主な問診)
飲食:鳥のから揚げなどが好物、間食にポテトチップス、甘い物を食す。
大小便:多忙になると便秘傾向、残便感あり、尿勢・尿切れ共やや悪い、時々尿漏。
生理の状況:生理痛あり、生理前気分が様々変化する、生理中便秘、胸がはる、頭痛など。
口内炎が出来易い(下歯茎)、目が疲れる、爪が割れやすい、足が冷える。
(診断と治療方針)
小さい頃の熱性痙攣、口内炎が出来易い、緊張時や夏などにてんかん発作が出易い事などを考え、体質は熱傾向であると思われる。
その上、緊張時のてんかん発作、肌理(きめ)の細かさ(細かいほど敏感)などから神経過敏でデリケートな体質と察する。
上記の熱性と神経過敏な体質をベースとして、今回の耳鳴りは、主に高音であることや、多忙で運動不足になっている時に発症していることから、肝気の高ぶりが昂じた事が原因ではないかと思われる。それが肝と表裏である胆経の経絡上に気が走り、耳鳴りが発症したものと考えた。
肝の高ぶりは、舌先のきつい紅点や顔面の青白さ度合い(顔面診)、脈状(弦)、腹部の緊張状態などの体表観察からも明らかである。
治療は、週2回。1診目~11診目まで後谿穴。(5診目のみ照海穴)
(治療経過)
6診目には耳鳴りはかなり改善する。
7診目からは全く起こらなくなり完治。
(考察)
彼女の肌理(きめ)の細かさは抜群で本当に美しい透き通った肌です。
これは、東洋医学では神経の過敏さと関係し、鍼の太さや置鍼時間にも考慮する必要があります。過敏ゆえ効き過ぎてしまい、後で非常に疲れたりすることもあるからです。
藤本蓮風先生は、著書「臓腑経絡学」の中で、「肌がきめ細かいか粗いかは、その人の感受性の度合いに比例する事が多い。特に肝鬱傾向(緊張状態を示す)がひどく、更に肌目が細かい人は、最初から過敏な治療は絶対してはいけないことを暗示している。これは、感覚を主(つかさど)る肺気が、あるいは魄気(はくき)が関係するからだと考える」と言われているとおりです。
五蔵の中で肺の臓は「魄(はく)を蔵する」といって、肺が動くのは魄があるからとされています。
このような人は、頑張り過ぎるなどして、緊張状態が続いたりすると、様々な症状が特に上焦(上部)に起こりやすい傾向にあります。(てんかんも含めて)
この耳鳴りも、根をつめた事と運動不足から、肩が非常に凝り、耳に影響したものと思われますので、散歩などを普段から継続し、気が上がり過ぎないようにすることが大事です。
彼女は、耳鳴りが完治したことをとても喜んで下さり、才能を生かして自作の絵葉書を私とスタッフに書いてくださいました。(下記に掲載)
「癒しの達人」とのもったいない言葉を頂きましたが、実際、鍼灸治療の効果は単に身体のみでなく「心」、または、心の奥の「魂」の領域をも動かすことが出来る本当に優れた治療なのです。
癒しの達人
みんなへ配慮すてきです
特発性両側性感音難聴
原因不明の感音難聴のなかで、両側性に難聴が進行する病気で、めまいを反復するものや遺伝性の疾患は除外される。難聴は両側同時に進行するとは限らないため、左右の難聴の程度が異なることもある。まれに一側性のものもある。
随伴症状として、耳鳴りを伴うことはあるが、めまいを訴えることはあまり多くない。
突発性難聴は、難聴が一側性で、発作は一度だけで反復はしないとされている。
東洋医学的には、耳鳴りと耳聾(難聴)は密接な関係があり、耳鳴りは耳聾の軽症で、耳聾は耳鳴のひどいものであるとしている。
その病因は約10種類ほどに分類されている。
症例:特発性難聴
患者:34歳 女性
初診日:平成21年12月
(症状の経過)
看護師として就職してから、食生活の乱れや運動不足などが重なり、徐々に肩こり(特に左)を感じるようになる。その後も常に多忙な生活を続け、昨年10月夜、初めて高音の耳鳴りを左耳に感じ、うるさくて眠れず、1週間眠剤を服用する。
耳鳴りはキーンとした高音で間欠的に持続するが、嘔気、頭痛は無い。
聴力検査では、左耳の聴力は0。ステロイド点滴を10日間受けるが0から3にしか改善されず、神経ブロックを施す。会話以下の低音は5以上になるが、一日中耳鳴りが止まらず、大きな耳鳴音が割れて入ってくる等、苦痛を訴えられ来院される。
その他の随伴症状:首、肩こり(左)、湿疹が出来やすい(首・顔の一部)、扁桃腺をよく腫らす、手足が冷える、生理痛(2?3日目)など。
東洋医学での診断と治療
(気滞?肝気上逆体質)
気が全身の経絡をスムーズに流れていてこそ痛みや凝り感がないと東洋医学では捉える。
患者さんは、常に肩を凝らしていたことや、ため息がよく出る(ため息は詰まった気を解こうとする生理現象でもある)など肝の気滞症状が見られる。また、北辰会独自の1負加試験としている運動後、大小便後、入浴後、生理後などで身体がすっきりするなど、患者さんの体力は充実しているので、休むことも無く頑張り過ぎてしまう傾向にあったと思われる。東洋医学では、体力が充実していることを、正気がしっかりしていると表現する。
正気がしっかりしている事は、脈力(この患者さんは弦脈)の有無、舌の状態などでも知ることができる(舌がしっかり出せるかどうかなど)。
また、東洋医学での診断に於いて、主訴に対して、増悪因子(どのような時に主訴が悪化するか)と緩解因子(どのような時に主訴が軽くなるか)を知ることは、その病の原因を探る上でのポイントになる。
増悪因子:1日中耳鳴りはするが、仕事中は周りがうるさいため、特に帰宅後は耳鳴りが大きく感じる。
緩解因子:朝起床時、リラックスした時。
患者さんは、リラックス時に耳鳴りが楽になる。この事は、ストレスなど肝気の高ぶりによって耳鳴りが起こり、その肝気の高ぶりが更に昂じ、肝の経絡と2表裏の胆の経絡(耳に入っている)を犯し、耳鳴り、難聴が生じたものと考えた。このように肝気の高ぶりが更に昂じて上へ昇ることを肝気上逆という。
(語句の解説)
1、負荷試験:入浴や運動、排泄後に疲労感や主訴が悪化するものは、正気が弱っていると考える。正気が弱っている時に強い治療などをすると、病気と闘う元気が無くなり病邪に負けてしまうので注意を要する。正気の弱りの程度を知るのに有効。
2、表裏関係:肝の臓と胆の腑のように臓と腑は表裏関係にあり、互いに密接な関係を持つ。耳には胆経、大腸経、小腸経、腎経、三焦経などが深く関与している。
(瘀血傾向)
気滞が長引くと「気」と共に「血」の流れが悪くなり、血の塊を身体の中で形成しやすくなる。この状態を瘀血(おけつ)と呼ぶ。
この症状は、舌の舌下静脈の怒脹の度合い(写真下)、または舌の紅点が黒点に変化したり
舌の色が暗紫色になったり(同写真)、肌の色や爪の生え際の黒ずんだ色などうっ血状態で観察される。
証:肝鬱気滞・肝気上逆
以上のことから、素体(体質)として瘀血傾向にはあるものの、長年の鬱積した気の滞り(肩こりなど)が長引き、それが上逆した事によって耳鳴りが生じたものと考えた。
治療穴として後谿穴(こうけい)(左)に3番鍼で10分の置鍼から始める。後谿穴は専門的に言えば、奇経八脈の督脈(全ての陽気を調節する)を支配し(また手の太陽経が大椎に流注し、督脈と交わることから督脈の主治穴になっている)つまり、このツボは一身の熱に関与し(内熱を冷ます)、心神(精神)を安定させる作用ももっている。
(治療経過)
2診目までは耳鳴りの変化は無かったが、身体が温かくなったとの自覚あり(気がめぐり出した証拠)。
3診目から治療後は高音の耳鳴りの頻度がましになり、4診目の検査の結果、低音は正常値、高音も半分は回復。耳鳴りの頻度は4回目の治療で、初診時を「10」としたら「2」にまで改善される。勿論、薬は全く使用していない。
現在は、概ね症状が改善され、多忙時でも耳鳴りを感じなくなってきたばかりでなく、肩こりも楽になり上半身によく出ていた汗も出なくなる。
また、他覚的にも顔の黒ずみが薄くなり、手足が施術後すぐ温まるようになり、気血のめぐりが良くなってきたと思われる。
(考察)
難聴は、悪化していくとコミュニケーション障害が最も深刻な問題となる。
その上、耳鳴りを生じると、他人には分からない苦痛を伴いながら生活しなければならない。西洋医学では難治とされているこれら難聴は、東洋医学では耳のみを診るのではなく、上記の様に、身体全体のバランスの崩れを見出し、その原因に対しバランスをとる様に鍼灸治療でアプローチしていく。肝気が最も盛んになる、いわゆる木の芽時、2月からの春季に多くの患者さんがメニエール氏病や突発性難聴で来院される。
このことを考えてみても、耳のみを診て薬のみで解決することのほうが難治だと考える。
(参考資料)
経穴解説 藤本蓮風著 メディカルユーコン社
臓腑経絡学 藤本蓮風監修 アルテミシア社
症状による中医診断と治療 燎原社