*「お笑い」と「スイーツ」
今、空前というほどのお笑いブーム。大地から湧き出るようにお笑い芸人が陸続と出てきては日本全国を明るくしてくれている。
私も大好きで寝る前までベットの中で笑わせてもらっている。笑いの前にはみな平等、上下は無い。そして芸人達の開けっぴろげで飾らない芸風、かつ、その真剣さに魅力を感じる。
誰人も憎めないキャラクターだ。
また、スイーツも然り。大ブームだ。味は勿論の事、見た目のかわいらしさと美しさ。時に芸術作品ともいうべき見事なものも多く、食べるのがもったいないくらいだ。
1切れ500円以上はゆうにするケーキも人気となれば完売~。
デパ地下にはスイーツコーナーが所狭しと並んでいる。
皆にとって必要と感じるからこそ流行るんだなと思う。
*「共通点を考える」
このお笑いとスイーツを東洋医学の観点から見れば非常に共通点がある。
両者とも「緊張を緩める」作用がある。笑うことにより腹式呼吸になり身体の緊張をほぐす。
ため息を考えればわかるように、何か精神的に追い込まれていたり憂鬱な時はため息が自然とでる。これは抑うつを解きほぐそうとする生理現象のひとつ。リラックスしようとする自己防衛なのだ。笑いとため息は息を出す。とにかくも出す!出すこと、これは緊張を緩める。
また、甘いものも緊張を緩める。自分を振り返っても分かるように緊張した後、忙しかった後などは無性に甘いものを欲する。それが毎日となれば(その量にもよるが)緊張の連続といってもいいかもしれない。患者さんをみてもチョコレートを非常に好む人は過緊張の人が多いようだ。だから私はこの2つは失業なし。(勿論人心をつかめないと失敗するが)といいたいくらいこれからもますます緊張社会には無くてはならないものになっていくのでは・・・?
笑いは「出す」。しゃべることも自分の想いを「出す」。反対に胃袋に物を「入れる」。これは精神的に満足してないものを詰めこむ。入れて入れて不足(精神的な何か)を補おうとする行為なのだ。
過食症はこの2つを網羅している。食べて食べて満足させてそして指を突っ込んで出す行為だから。自分の精神を安定させようとしている実は自己防衛なのだ~。
*狼おとこ
鍼灸の仕事に就く前、幼稚園で働いていた私は子供達に沢山の絵本を読み聞かせていた。
狼やお化けなど刺激的な本が大好きな子供達。
真剣な輝く瞳、まるでそこに狼がいるかのように友達同士寄り添って恐がるかわいらしい姿がほほえましい。
昔話しには東洋医学に通じる沢山の智恵が含んでいるようだ。
満月の夜になると体毛が生え、牙が出てきて恐ろしい顏になる狼男。
潮の満ち引き、月の満ち欠けという宇宙のリズムは、生き物の身体にも大きく影響を及ぼす。亀の産卵などは皆の知るところである。
満月では生命力が充実し、人間も息高々になる。交通事故が多いのも満月の日らしい。
アメリカでは満月の夜には喧嘩など犯罪が多いので飲酒できるバーなどではお酒の量を少し減らすという対策に出て、犯罪数を減らしたというデータまで出ている。
老人や重症な患者さんは新月(月が無い日)に亡くなるケースが多い。生命力が低下するのだ。実際、私の所に来られている老人ホーム勤務の患者さんも同感して下さっている。
彼女は今では月齢カレンダーをみながら注意してくれている。
*吸血鬼ドラキュラ
ドラキュラ伯爵は太陽を嫌い人の血を吸う。つまり眩しさに弱いのだ。
中医学では血が不足する事を血虚(けっきょ)という。
血虚になれば、こむら返り、顔面痙攣、立ちくらみ、ふらつき・・・これを肝の血虚と呼ぶ。
動悸、不眠、煩躁(胸の辺りがざわざわする)・・・これは心の血虚(しんのけっきょ)という。
などその程度は様々だが上記以外に、光が眩しい、ドライアイも血虚の大切な症状に入る。
これは私の勝手なこじつけだが、まさにドラキュラは血虚の代表選手かもしれない。
生き血を求めるということは、血が足りないから。そして血の不足は光が眩しいというところに出ている。
また、目は肝に通じるといって、非常に関係が深い。肝は血を蓄えているところだ。肝・血・目は関係性大!
したがって、パソコンなど目を酷使している人は肝の血虚になり易いのだ。ドライアイもしかりである。
また、生理がある女性や、スポーツ選手などは血虚になりやすい。だから、小松菜・のり・ほうれん草・レバー・プルーンなど血になるものを意識してとる必要がある。
話はドラちゃんに戻って、ではニンニクを嫌うというのは・・・・?
ニンニクは皆さんも食べると感じるように非常に陽気が強い食物でアトピー、湿疹、痒み等の熱疾患の人には禁忌だ。
食べると身体が温かく(熱く)なるので悪化するからだ。
あのドラキュラの牙をみれば(見たことは無いが)完全に熱性(猛々しい感じ)だ。
そんな熱性の彼に熱性のニンニクを与えれば、鼻血など出してますます血虚になるから嫌うのかもしれない。全く私の独断の考えだが、東洋医学的にみれば興味が湧いてくる。
(病の勢い)
Mちゃんは昨年7月末、来院して来られた。左足に激痛を訴えて。既往歴を見ると3年半前乳がん摘出、2年後両肺へ転移とあった。肺の癌は大きくなっていないとの事で放置し仕事を続けていた。
足の激痛は鍼をして少し軽くなるものの再び激痛に。2回目来院時に病院で検査を受けるよう勧める。Mちゃん曰く「抗がん剤は受けたくない。だから検査もしない」
しかし私の強い勧めで安保先生の免疫療法をしている医者の所へ検査を受けに行く事に。
結果は脳、肝臓、骨、大腿部など全身に転移していた。
彼女は「本当に笑いが出たよ。ここまで酷いと笑うしかない」と本気の笑顔を私に向けていた。Mちゃんの性格の全てがでていた。
(友、友、友)
私の鍼を心から信頼し、年上の私を親しみを込めてちゃん付で呼んでくれた。
往診から帰る時は必ず「今度いつ来るの?」と約束しないと帰してくれなかった。
鍼が終わったあとは「不思議!痛くな~い」と笑顔がはじける。二人して何度笑ったか。
笑いの壺が一緒だね~といいながら。そして本音の話をして本音の意見をぶつけ合ったりした。
鍼を超えた心の交流があった。
Mちゃんは東京では有名なカメラマン。常に友人が、仕事仲間が彼女のベットを取り囲み一切のお世話をしてくれている。
彼女は病院が大嫌い、脳にガンマナイフをあてた時だけ入院した。頚椎と大腿部の放射線は自宅から頑張って通った。
1ヶ月も彼女の傍にいると名看護士になれるのだ。(人にもよる?)
そして毎日全国各地から最高の食材が送られてくる。何度食べ過ぎ注意を出したことか。びわ湿布やアロマ。足も毎日マッサージしてもらっている。彼女の足も手もついに一度も浮腫んだことは無かった。
(自宅で最期の日を)
今年に入り段々食べるものが口に出来なくなってきた。食べると嘔吐。お正月、特性のうどんと24時間かけて炊いた自家製の黒豆を持っていった。
「おいしい!」食べても吐かず。これが最後の食事になったかな?しゃっくりも出始めた。食べれなくなり、しゃっくりがでる。とは東洋医学では一番重要な生命力の源=「胃の気」の弱りを示す。
しかし、Mちゃんの生命力は並大抵ではない。おしゃべりは果てしなく続く。
誰が見ても全身がんとは想像もつかないほどの笑顔だ。
そんな彼女の様態が13日急変。夜駆けつけると意識混濁状態なのに「もう少し早く来ていたら日本一美味しいウニが食べれたのに」と私に言っている。
4日間、時間の有る限り駆けつけた。驚異的な生命力で彼女は生き続けた。
「痛い所も苦しい所も無いよ。」とMちゃん。本当に穏やかな顏だった。
16日夜、「Mちゃんは癌に勝ったね!世界一すごいね!」というと昨日まで動かなかった手が私の手を握って離さなかった。力強く握ってくれた手から、お別れを言ってる彼女の声が聞こえた。お互いに「ありがとう!」って。
余命1年といわれた彼女が、余命1ヶ月と言われた彼女がどれ程その言葉を覆し、長く深く生きたか。驚嘆せずにはいられない。医者も皆も脱帽した。
そして私の生命の奥に無限の生命力の不思議、鍼のすごさをまた植えつけてくれた。
次の日の1月17日眠るように静かに、あまりに美しい顏で旅立った37歳のみごとな最期があった。そしてそれは次の生への出発の日を勝利で飾った顏だった。
Mちゃん本当にありがとう!またいつか必ず会おうね!
(豊岡市)
1月17日豊岡へ向かう途中、篠山口あたりから大雪。木々達の雪化粧が本当に美しかった。
2年前から月1回豊岡で待っていて下さる患者さんの為、往診を始めた。
月1回の治療でどこまで効果があるか不安もあったが、今では一軒の家に毎月20名前後の人達が集まって来て下さる。
高血圧、生理痛、悪露、逆子、胃潰瘍、アトピー、子供では中耳炎、近視まで。
病状は様々だが非常に効果をあげていることは感謝に堪えない。
(因時、因人、因地)
鍼灸の師が常々「因時、因人、因地」ということを言われる。どんな季節(気候)なのか(因時)、どのような体質の人なのか(因人)、どこに住んでいるのか(因地)によって起こる病も違えば、その治療方も違ってくるというのだ。全く理にかなっている。
豊岡は京都のように盆地で、夏は暑く、冬は寒さが厳しく湿気が多い。故にリュウマチ系の人が多いのだ。
しかし、患者さんの多くの人が自作の野菜を食している。
水よし、空気よし、そしてご近所さん同士の交流が盛ん、人よしだ。勿論ストレスは全国共通のようだが鍼の効果は抜群だ。またどのような職場(環境)で仕事をしているのかも病に影響を及ぼす。
(中国での鍼灸治療)
かつて数回中国へ行って鍼治療を見学した。中国では太く長い鍼で何十本も全身に刺していた。来られている人は労働者が多いという。1回日本円で10円程だった。
普段から力仕事をしている人はこれでいいのかもしれない。
しかしどちらかと言えば繊細な日本人には受け入れられない鍼と感じた。
ましてや身体が弱っている人にこのような鍼をすればどうなるか・・・と思いつつ。
因時、因人、因地を知る事の重要性を実感する。
中国はあまりに広大だ。東西南北あまりにも違いがありすぎる。その土地を知りその人を知り、その気候を知っていく努力無くして本当に効果のある治療になるだろうか。と常に自分に問いながら、今後月一回の豊岡への往診、どこまで続くか分からないが患者さんが望む限り通い続けていくつもりだ。
新年あけましておめでとうございます。
今年は忙しさにかまけることなく、この素晴らしい東洋医学を1人でも沢山の皆様と感動できるよう「コラム」を充実させていきたいと決意しています。
私の鍼灸の師は常々「東洋医学は守りの医学だ」と主張されています。
何を守るのか一言で言えばそれは「正気(せいき)」です。人間が本来持っている自然治癒力=無限の生命力、これを正気と呼びます。
小宇宙である人間はすでに欠ける所なく完成されているのです。バランスの崩れが(病気)起これば正気が働きバランスをとろうとします。
邪気(癌細胞などの病の産物)が悪さをすれば、瀉法(鍼で邪気を取り除く施術方法)で邪気を退治し、正気を守るのです。
中心は正気。その正気を守る事が根本中の根本と考えるのが東洋医学なのです。
しかし、発展する今の日本の医療の中心は「攻撃型中心」の医療になっているように思えてなりません。
西洋医学でいうところの〇〇ウイルス、細菌、病原菌をいかに抗生物質で攻撃するか、癌に対して放射線、抗がん剤などの化学物質でいかに攻撃するのか。
確かに邪気の勢いが強く、生体側が弱っていけば急いで正気を守るため邪気を取り除く必要があるでしょう。しかしその攻撃は正気に対しても向けられるのです。つまり、邪気は死滅したしかし人間も死んでしまった。という事態が起こってしまうのです。
守りの医学が広がれば、また極端に言えば「邪気とも共存」の発想に着目すれば病人は激減すると信じてやみません。それこそが私の使命と感じ今年も前進して行きます。