(花粉除去に躍起?)
今年は昨年の10倍~30倍の飛散量とも言われている花粉。
今や国民病ともいうべき多くの方が困っておられる。
3月中旬にはピークになるらしい。
普段から鼻水、くしゃみ、目のかゆみなど持っておられる人はゾッとしているのでは・・・
また、ここぞとばかり、マスク、空気清浄機、ゴーグル、加湿器など花粉を取り除くグッズがずらりと並び飛ぶように売れている。花粉をいかに取り除き、吸い込まないように、身体に付着しないようにするかに躍起になっている。
(花粉症の原因って?)
しかし、よく考えてみれば花粉症になる人とならない人がいるのも現実。一般には「昭和30年代に植樹された杉が花を付け始めたのが昭和39年ごろだから・・・」や「白血球の肥満細胞と花粉が反応してヒスタミンが出るのが原因」など言われている。確かにその通りかもしれないが、やはり、どれも根本原因は花粉としている。
東洋医学では、症状の引き金は花粉かもしれないが、花粉症を発症する根本原因をその人自身の身体に求めている。
つまり、体質(その時の身体の状態)によって発症する人しない人がいて、その上、体質によって(同上)、目にひどく症状がでるか、鼻水がひどいか、皮膚なのか、くしゃみなのか、それぞれその違いを説明している。
(気候と身体の関係)
昨年から、(社)北辰会(藤本蓮風先生を代表とする鍼灸の学術団体)の中で、「内経気象学勉強会」というものを橋本浩一講師を中心に少人数で開催している。
先日は講義の中で「花粉症」のメカニズムについて勉強をした。そのほんの一部を、肝を中心に簡単に説明したい。
春は風木(ふうもく)といい気温が上昇する事によって、木気(もっき)である肝気が通常より高ぶりやすくなる。
肝気が高ぶる事によって春はやる気が出たりするのが正常な状態である。東洋医学では、何事も「過ぎる(実)」や「不足(虚)」に着目してそのバランスをとっていく。
よって、普段から心身ともに緊張状態やストレス過度の生活を続けていると肝気が高ぶり「過ぎ」、イライラ、肩こり、めまい、頭痛、耳鳴りなどが起こりやすくなる。そこへ春の木気により更に肝気が昇ってしまう。
このように、肝気が高ぶりすぎた状態を東洋医学では「肝気上逆(かんきじょうぎゃく)」と呼ぶ。
(花粉症のベースは肝気上逆)
この肝気上逆をベースとして、花粉症は様々な場所に発症する。例えば、元来、肌に湿熱(おできが出来易かったり、蚊に刺され易いなど)が有れば、花粉は肌を襲い、まぶたが紅く腫れあがったり、痒みが肌に出る。
また、ストレス過多で肝気が普段から高ぶっている人は、目の痒みが酷くなったり涙が出る。
更に、気の廻りが悪かったり、脾の臓(胃腸)が弱っていると身体の水分代謝が上手くいかず、肝気上逆によって、肝気が水邪を吸い上げポタポタと鼻水が出る。
(身体のバランスは頭寒足熱)
慢性化すると鼻閉したり鼻水が黄色くなり治りにくくなる。
その他、下半身が冷える(腎の弱りでも)と肝気が上り易くなり、肝気上逆が助長される。今、頭に熱感、足は冷えている人の何と多い事か。本来は頭寒足熱であるのがバランスのとれた姿である。
それが、肝気上逆し、頭熱足冷に逆転してしまっている。
下半身(腎、膀胱など)が弱い人は、腰痛になるなど下に症状が出やすくなるのもこの時期の特徴である。
ある一般の人が、食事を油物から和食に変え、運動をするようにしたら便秘が解消され、と共にひどかった花粉症が全く無くなったという。まさに、花粉のみが原因でないことの証明である。
花粉のひどい人は、薬での対処療法のみでなく、自分の体質を知り、生活習慣を見直し、肝気上逆しないようにする事が非常に大切である事を知っていただきたい。
鍼灸こそ、身体の上下左右前後のバランスを上手くとっていく治療であり、花粉症だけでなく病の根治を可能に出来る。
書籍の紹介:
★「アレルギーは鍼で治せ」 藤本蓮風著 双葉社
★「内経気象学入門」―現代に甦る『黄帝内経』による気象医 学―橋本浩一著 緑書房出版
★上下左右前後の法則 藤本蓮風著 メディカルユーコン社
(頻尿は冷えから?)
先日、奈良にある鍼灸の師匠の鍼を受けさせて頂いた。
治療を自ら受ける事が何よりの勉強になっている。とはいっても、先日の私の症状は、「頻尿」だった。何と20回もおトイレに行った日があった。自分でも驚く程の頻尿(残尿感無し、水分量普段通り)・・・・。
先生に正直に伝えると、手を口にあて、何とも嬉しそうな顏で笑われる。
まるで少年のような悪戯な顏だった。
東洋医学では一般に頻尿は腎虚と言って、老化現象のひとつ。
しかし、すぐに真顔になって「どこからこの頻尿がきてるか診てみよう」と言われた。いつもよりじっくりと脈を診られ、「右の尺位が弱いな」と先生。
右の尺位は腎臓の陽気に関する脈で、冷えが有るかどうかを確かめる時の判断のひとつにもなっている。
やはり、冷えたために頻尿になったのだと思った。
(上下のバランスの乱れ)
その後、背中(背候診)、腹部(腹診)、主要なツボ(切診)を診られ、ここだなと「天枢(てんすう)」というツボ(左側)に鍼をされた。そして、「最近、忙しかっただろう?」と聞かれた。
実際、頻尿が始まった週の直前、現在挑戦している通信教育の授業を朝から晩まで2日間、缶詰になって受講していた上、仕事もかなりハードになっていた。
私は、鍼を受けるとすぐ熟睡した。緊張がほぐれるからこそ眠れる。分かり易く例えれば、緊張によって身体の中に「交通渋滞」を引き起こし、気血の流れを悪くする。
その緊張を取ることで、渋滞を解消し気血の流れがスムーズになり身体全体のバランスがとれる。芯からリラックスできるから眠れるのだ。
この頻尿は、勿論、老化も否定できないが、多忙などストレスがかかり過ぎたため、肝気の上昇が過多になり(上実)、下部にある腎臓が弱る(下虚)という、上下のバランスが大きく乱れた姿だった。これを東洋医学では、上実下虚と表現する。(実際、腎(下)が弱っているから、余計に肝気が揚がる(上)という事も更年期辺りにはよく診られる)
(自分を許して)
天枢というツボには色々な意味があるが、先生の著書「経穴解説」の中には、「天枢はまさしく天の枢であって、上下を分ける中間であります。―略― 天枢は魂魄の宿るところ、肝の大きく関わる場所であることから、ここを下手に触ると悪化すると言う事を申し上げます。」とも言われている。
治療の最後に、先生は「自分を許して気を緩める事も時には大事だよ」と言われた。今年はかなり気合が入ってダッシュで走っていただけに本当に驚いた。たった頻尿と言っただけで、身体を見れば色々見抜かれてしまう本当にすごい師匠だ。感謝しかない。更に、治療が終わって再度先生の治療見学をさせていただいた時、先生は私の前を通り過ぎ、小声で「今日、便が少し緩むからな」と言われた。
鍼で身体の交通渋滞をスムーズにして頂いたのだから当然だが、日々バタバタして最近便秘だっただけに驚いた。
先生の言葉とおり、頻尿もピタッと治まった。
(人間を丸ごと見つめる医学)
私は、先生がよく言われる「この医学は人間を丸ごと診るんだよ」との言葉が大好きだ。
痛い部分だけではなく、その人の生活習慣、その習慣を引き起こしている性格、その性格を形成した生い立ち、更には、祖父母、それ以上にまでさかのぼった過去までも含む因果、をも見つめ(なかなか凡人には出来ない)、現在の病気の原因や未来に起こるだろう病まで予測してしまう。
それが、藤本蓮風先生率いる北辰会の東洋医学の素晴らしいところだ。
(感動のピアノ演奏)
お正月、海外から帰国した友人と一緒に聞いたピアノ演奏が忘れられない。
曲目は昨年大ヒットした「ありがとう」を始め、3、4曲。
その上、演奏して下さった人は全く無名の20代の男性だった。彼は、昨年、関西から東京に転勤し、現在、仕事上音楽とは無縁のようだった。
ピアノが始まった瞬間、なんて美しく、逞しい音色なのかと本当に驚いた。友人も感動で涙が止まらない様子だった。
見ると、演奏している彼も涙を流しながら演奏している。
美しい心が幾重にも広がり温かい空気が会場一杯に広がった。心の美しさが音色となって、こんなに人の心に響くものかと驚いた。私の友人もその彼も、きっと人には言えないような苦労を日々重ねているからこそ、響き合ったのだと胸が熱くなった。
心の美しさが、人の心の中の善性を引き出す。
医療の原点を感じた。
(人間を信じて)
私の師匠も鍼を持つときの心得を常に指導される。
あまりにも正直にこちらの心根が鍼を通じて伝わってしまうからだ。本当に恐いほどだ。
ましてや、ほとんど1本の鍼で勝負する北辰会の治療においては尚のこと。
理論・技術は勿論大事、しかし最も重要な事は、こちらの「心持ち」―心根なのかもしれない。
藤本蓮風先生は、著書「弁釈鍼道秘訣集」の中で、「我々にとって最も大事なことは、常に自性が輝き出るように訓練する事である。」―その自性を「本来的自我」と呼ばれている。
更に、著書の中で、「本来的自我に従う事は、自分と一切万物を生かす道である。常に本来的自我が輝き出るように祈ろう。」と述べられている。
どんな人の生命の中にも、輝く自性―善性がある。
それをいかに引き出すか。
自分の善性―本来的自我が真に輝いてこそ成せる業だ。
(患者さんから学ぶ)
感謝にたえない事に、毎日、患者さんが感動を与えて下さっている。玄関のドアが開き、患者さんのお顔を見た瞬間、どのような身体の状態なのか、かなり察知できる。
人間は本当に正直なものだと感じる。
全身から発する「気」、その眼の輝きから、心身の状態が如実に現れるからだ。
毎日の患者さんの喜びの声、安心されたお顔を見て、この鍼の素晴らしさをもっと多くの悩める人に伝えたい思いに駆られる。今年は、昨年にも増して、患者さんの承諾のもと、多くの症例を出来る限り平易な言葉で書き、アップしていく事を新年の決意としたい。
(生涯現役の99歳)
先日テレビで、尊敬する日野原重明先生を拝見した。
99歳の先生は、今だ現役の医師として働き、主にガン患者さんの終末期医療に携わっておられる。
先生のカクシャクとされた御振る舞い、柔和なお顔、耳の良さ、青年のような笑顔、どれをとっても本当に素晴らしく一言一言、釘づけになって聞き入った。
「頑張れでなく共感を」「大切なものは目に見えない」
「また会いましょうという気持ちで『さよなら』と言います」
「子ども達にも死について考えて欲しい」平易な言葉、しかし、あまりにも難しい。先生はすべて実践の中で、ひとりの心の中にそれらの言葉を消えない光として灯されている。
すい臓ガン末期で家族にも心を閉ざしていた男性に語りかけられる先生。その対話は自然で無理がなく、笑いがあり、微塵も説得されない。
出会いから8日後、男性は亡くなる。奥さんは「亡くなる前に夫に笑顔が戻ったことが救いです。」「夫は確かに先生の出会いから変わりました。先生に言われた言葉で死を恐がらなくなったというか・・・あの世がある感じに・・・」と感謝されていた。
(少女のように純粋なNさん)
平成22年の今年、私も尊い4人の患者さんの最期に立ち合わせて頂いた。ここでは語りつくせない、忘れられない感動を患者さんとそのご家族から頂いた。
3月30日、私と同じ歳のHさんが長い闘病の末、多臓器不全で逝かれた。亡くなる数日前、長い時間色々な話をした。彼女はラジオからご当地グルメの数々の情報を入手。驚くほど詳しかった。病気以外の話をこんなに長くした事は無かったかな。
「先生、私ね、ラジオから美味しいもの一杯食べてるの」と本当にうれしそうな顏で笑っていた。病気で殆ど何も口に出来なかった人とは思えないほど綺麗な輝く笑顔が忘れられない。なんて強い人なのかと私は尊敬の心で彼女のやせ細った手を握り不思議なくらい愛しい気持ちに満たされていた。
まるで彼女の言葉のような歌詞、私に教えてくれた植村花菜さんの「トイレの神様」を聞くと彼女の笑顔が浮かんでくる。
(何があっても負けないHさん)
4月27日、64歳のHさんは16年間のガンとの闘病に打ち勝った。主治医の「後一週間です」から始まり、後1ヶ月です、今年一杯です・・・6、7回にわたる死の宣告。
ある日、主治医が「今日調子はどうですか?」と尋ねた。
彼女は「生きます!」と返事をしたという。「不思議だ、本当に生命力が強い。もう分かりません」と先生が根をあげた。
亡くなる直後でもふっくらとした柔和なお顔はガンの人とは思えない。「娘の為にも負けません」と言われ、その娘さんも「母は私の命より大切に思えます」と、まさしく二人三脚の闘病だった。全てに安心し切ったお顔で逝かれた。親子の絆の深さに・・・合掌。
(永遠の絆で結ばれたご家族)
11月、脳挫傷で植物人間になったMさんが逝った。
今年の始め、職場で転倒され、頭を強打。
彼女は10ヶ月という長く深い一日一日をご両親と共に生きて生きて生き抜いた。私も、鍼灸の師匠にアドバイスを頂きながら往診に通わせて頂いた。目が動き、涙がこぼれ、喜怒哀楽がはっきりと分かるようになった。
11月18日の告別式の日。今まで見た事の無いほどの美しい彼女が色取り取りの素晴らしい花々に囲まれて眠っていた。
結婚式での花嫁のような笑顔の彼女から目を離すことが出来ない程美しかった。そのお顔にご両親は癒され大事なひとり娘さんの死を受け入れられた。お父さんは静かに「本当に多くの事を娘は教えてくれました」と語られた。
御両親の愛情、介護は言葉では表現する事はできない。
(何があっても感謝のSさん)
12月4日、母の代から鍼灸治療を受けて下さっているSさんが逝かれた。4つの心臓疾患と胆嚢炎を患い重症だった。
御本人もご家族も鍼灸に絶対の信頼をおいて下さり、最後はICUにまで入れて頂き治療をさせて頂いた。
80歳になろうとするSさんは、驚くほどの生命力で生き抜いき、どんな時も「ありがとう、感謝しかないです」と言われる。母を捨て身で守る娘さんの献身的な看護は目に焼きついて離れない。
長年一緒に暮らした、たった一人の母を失う事への悲しさは私にも痛いほど分かる。Sさんは、何度も何度も鍼灸治療で立ちなおり、食事も出来る様になった。奇跡的なことだった。11月18日、ICUの中で娘さんと私の3人で両手を挙げて万歳した。私にとってもその時の感動は一生忘れられない。
医者も看護師も驚く中、娘さんの腕に抱かれて静かに息を引かれた。
どの患者さんも見事な人生の総仕上げをされたと感じる。
誰もが驚く最期の美しいお顔がその事を証明しているようだった。鍼の素晴らしさをも教えて下さり感謝しかない。
また、いつかどこかでお会いできる事を楽しみにして・・・合掌。
最後に、この1年もコラムを愛読してくださった皆様に心から感謝申し上げます。
(精神と身体の関係)
人間の精神と肉体は切っても切れない関係、一体不二と捉える。これは東洋医学の根本思想である。
「怒り過ぐれば肝を傷(やぶ)り、思い過ぐれば脾を傷り、悲しみ過ぐれば肺を傷り、恐れ過ぐれば腎を傷り、喜び過ぐれば心(しん)を傷る」と。
古代から「人間の感情」と「臓腑の関係」を明確に表現している。
これらの感情は日常的に何かの縁に触れて現れるが、その度が過ぎたり、その感情が長期に渡る時、人は身体に変調を訴える。
実際、肝臓を病んでいる人はイライラし易く、ちょっとした事でカッとなる。
また、考え事や嫌な事をいつまでもお腹の中に持っていたら、脾(胃腸)を煩い、胃が痛んだり、ひどいと胃潰瘍などができてしまう。
更に悩みが長期に渡るとガンの発生も容易となってくる。
また、阪神大震災時でも見られた様に、恐れすぎ驚きすぎて腰を抜かして立ち上がれなくなった人も多かった。腎と腰は密接な関係にあるからだ。
(尊敬すべき患者さん)
今年も沢山の患者さんとの出会いを持たせて頂いていた。精神と身体のバランスの不調和がひどく、綱渡り状態で通って来てくださる患者さんもおられる。
Aさんは、病欠後、久しぶりの出勤時、心神からくる痛い足を引きずって廊下を歩いていると、上司から「ここはリハビリセンターじゃない!」と言われてしまう。「仕事の後、鍼灸院に行くのを唯一の希望に頑張りました」と一言。
様々な心配事が募り、常にイライラ。とうとう震えが止まらなくなるパーキンソン氏病になったKさんは、私より御年配。人生の大先輩が「感謝できる自分になります」と語られる。
障害を持った息子さんと長年の葛藤の中、身体にさまざま痛みを訴えるIさん。来院されるごとに、両手をとり先生の一言に勇気をもらいます。と言ってくださる。
長年の心身疲労によって、過呼吸・不眠・手の振るえ、全身痛など、精神不安と闘うOさん。流動食しか口に出来なかった半年間、「半年振りにおにぎりが食べれたんです」と本当にうれしそうな顏。
脳梗塞の患者さんが、また違う悩みを持つ患者さんを励ましている姿。
アトピーがよくなれば家族のように喜び合う患者さんなどなど、待合室から笑い声や泣き声やらが聞こえてくることも珍しくない。
鍼灸院は、庶民ならではの温かい人間交流の場になっている。
これらは、大げさに聞こえるかもしれないが、毎日の生活の中で「心が折れそうな時」鍼灸治療で救われる患者さんの何と多いことか。皆必死で生きておられる。実は、患者さんが喜ばれる姿に、私の方が救われているようだ。
みなさんがこの鍼灸治療の証明者となって下さっている。
健気な患者さん達に、感謝の気持ちしかない。
(薬中心から自然治癒力中心医療へ)
身体の変調の底には、必ずといっていいほど精神的な葛藤を抱えている。
そこを見つめずして本当の医療になりうるのか・・・薬がどんどん増えていく医療には疑問を感じる。
心療内科にだけ任せていいのか・・・患者さんが多すぎる今、日本ではカウンセリングも高価でまだまだ薬中心になっている。
自分は患者さんの心の訴えを敏感に感じるには程遠く未熟としか言いようがない。だからこそ、常に患者さんから謙虚に学び修行を積んでいきたい。
患者さんと共にこの素晴らしい医療を、患者さんの中から自然治癒力をダイナミックに引き出せる東洋医学をどんどん広めていくために。
「折れそうになる心」を経験した人が、今度はその優しさを必要としている人のために役立たせて欲しいと心から思う。