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実千代鍼灸院 Michiyo Acupuncture Clinic

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院長のブログ 実千代院長の最新ブログ

2011年6月18日(土)

Vol.71「気」って何?パート②

東洋医学の「黄帝内経」では「七情」と「気の動き」について興味深いことが書かれてある。
七情とは人間の精神状態のことで、喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七つを指す。これらは、誰もが持っている感情で正常な状態では発病には至らない。
しかし、突然の激しい精神的なショックや、悩みなどが長期にわたると、それらは、生理活動で調節する範囲を超えてしまい病を引き起こす原因となってしまう。特にその悩みの解消方法をもたない人にとっては、益々悩みが深刻になり体に影響を与えることになる。

(「気」の動き)
気が全身をまんべんなくスムーズに流れていると気分は爽快といえる。
しかし、七情(精神)の乱れにより「気」の動きが偏れば、身体に不調が現れてしまう。

「怒り」が過ぎれば「気」は上昇する。気が上に偏る。先日の、怒った猫の毛が逆立つようなもので、カッとなって気が逆上するとも表現される。
怒りは「緊張」にも通じるため多忙過ぎて緩みがないことも同様に怒りに入る。

「恐れ」が過ぎれば「気」は下降する。気が下に偏る。地震などの恐怖で腰を抜かしたりするのは気が下降するためといえる。まさに恐ろしくて気が抜けると表現される。

「驚き」が過ぎれば「気」は乱れる。驚いて気が動転する、というように。

「悲しみ」が過ぎれば気は消える。悲しくて生きる気力が無くなった。と言うように、悲しむと抵抗力が無くなり、よく風邪を引いたりする。

「思い」が過ぎれば「気」は固まる。気が腹部などを中心に偏る傾向がある。気がふさぐ程考える、との表現が当てはまる。

「憂い」過ぎれば「気」は縮む。「気を揉む」の表現に通じる。

(怒り過ぎれば気は上がる)
では、それらがどのような病気を引き起こす原因となるのか、実際の症例で考えていきたい。
先日、患者さん宅へ往診にいった。ぎっくり腰で全く動けなくなり、おトイレに行くのもご主人に抱えられて2時間もかかるという重傷だった。きっかけは大きな机を持ち上げた時とのこと。
しかし、きっかけはそうでも、なぜそのように酷いぎっくり腰になってしまったのか。色々問診をしていくと、ぎっくり腰になる前、多忙の上、イライラすることが続いていた。つまり怒りの精神状態のまま生活していたのだ。
この患者さんは元来、腎の蔵が弱く(腎の蔵と腰は密接な関係がある)昔から腰痛持ちだった。
更に、この6月は北西から涼しい風が吹いているため足元が非常に冷えやすい状態にあった。
つまり、怒りで気が上へ上がり、足が冷えることによって熱が更に上に上昇する。体全体のバランスは、上に気が非常に傾いている状態となった。
その上、患者さんは、下にある腰が弱いため、腰に関係のある気(腎の気)が弱っている。上に気が偏り、下の気が不足する。つまり、上下のバランスが大きく崩れ、突然の腰痛になったと考える。

突然のぎっくり腰の患者さんに最近のイライラ度合いを問診すれば大概「怒り」「緊張」が過ぎている事が判明する。

つまり、簡単に言えば「酷い怒り(緊張)」+ 腎が弱い(腰弱い)=ぎっくり腰という方程式といえる。

その患者さんには、上に偏った気を下に下ろす治療ととに、下を温める治療を少し加えた。1回の治療で15分でおトイレに行けるようになった。

2011年6月15日(水)

Vol.70「気」って何?パート①

(「気」のつく言葉)
日本語には「気」の付く言葉が多数ある。「元気」「病気」「気楽」「気分」「気が短い(長い)」「勇気」「気が滅入る」「気が晴れる」「強気」「弱気」「やる気」「内気」「根気」など切りがないほど、心の状態に関する言葉が殆どを占める。
東洋医学で重要な概念、「気」の付く言葉を当たり前のように日常で使っていることに気づく。

(精神状態を表す「気」)
「病気」も実際、単なる気の病ではなく、性格や生活習慣の中から生まれる精神状態などが密接に関わっていると東洋医学では考える。
よって、体と心を切り離して東洋医学は成り立たない。
例えば、精神的ショックを受けると、胃に潰瘍が出来たり、嫌なことがあると下痢をしたり、ひどく緊張したら咳が出たり等々、人によって様々な症状がでる事からも推測できる。

患者さんに問診すると、それらの事が更に明らかになる。長年の解消できないストレス、突然のショックな出来事、多忙な仕事、ストレスから来る過食などから身体に不調をきたしている人がかなり多く見られる。

(「気」ってあるの?見えるの?)
「気」には実体が無い。陰陽でいえば陽に分類されるため軽く、変調をおこすと上昇し過ぎてしまう。よく足元が冷えるとか、頭がカッカする等と表現するように、熱は「陽」で気とともに上昇しやすく、冷は「陰」で気とともに下降しやすい。
身近な例でいえば、猫を怒らせたら、背中が山形に持ち上がり、毛が逆立つ。これを「気」が上がっていると表現する。
四つ足の百会というツボは、丁度背中の中央にあり、それは人間の頭のてっぺんにある百会に相当する。人間を怒らせても毛は逆立つことは無いが、よく見れば産毛などは実際立ってたりしている。また、怒ると目がつり上がったり、血走ったり、頭がピリピリしたり痒くなったりもする。
これらも「気」が「熱」とともに上がっている証拠であり、「気」が上がっているのが見える状態といえる。

「気」は現実に存在し、すべてのものを形づくっている。そして、誰もが気が張ってるな、気が抜けてるな、気が緩んでるな等と自分や人の気を大雑把ではあっても実際に感じて生きてるのである。
それを東洋医学では、気の有る無し、気の偏りなど気の状態を体表観察から察知して調えていく治療として確立した。

2011年5月24日(火)

Vol.69鍼灸の方法―北辰会方式

よく患者さんに、「先生の鍼治療は他の鍼灸院とは随分違いますね」と言われる。
鍼の本数は、ほぼ1本、患者さんの訴える痛い場所には刺さないという事に驚かれながらも、その効果に賛同してくださる。
「これは、師匠藤本蓮風先生を代表とする北辰会方式という治療法なんです」とお伝えする。蓮風先生のことは度々紹介させて頂いているが、リーダーの人柄や思想性がその会の方針や方向性を決定していく。よって、はじめに先生の事を少しご紹介したい。

全身から、鍼灸に対する大いなる信念、情熱、確信が満ち溢れている先生。
人間を見つめる眼は温かくあまりにも鋭い先生。
常にナポレオンの如く「前進!」を合言葉に真の医学を追求し続けておられる先生。
生命力に満ち溢れ、若武者のように自由闊達な先生。
難しければ難しい程、闘志が湧きいずる先生。
非常にせっかちな面と、驚くほどの根気強さを備えた先生。
挙げれば切りがない・・・・

このような藤本蓮風先生を代表に北辰会は1979年に発足する。
蓮風先生の60万人を超える膨大な臨床実践から、診断治療法則を論理化したものが「北辰会方式」として構築される。
2009年2月には、一般社団法人北辰会として新生した。

北辰会の理念は、東洋医学は真に医学であるとの立場から、病の治療を「学」と「術」の両面から追求している。そして、東洋医学における人間の「体」と「心」と「魂」の救済を目指している。これは、単に身体のみを診るのではなく、心身不二の立場から、身体のバランスの乱れは、心神(精神)と深い関係が有り、身体から心、更には奥底の魂の領域までをも変革可能な医療であるとの信念に基づいている。

北辰会の治療は、論理性にすぐれた現代中医学をその基本理論としている。そして、望・聞・問・切の四診合参により多面的に病態を把握していく。
望とは、望診のことで、体型や動き方、更には皮膚、顔面、舌の状態を診ること。
聞とは、聞診のことで、声や話し方、口臭や体臭をかぎ、診察すること。
問とは、問診のことで、生活習慣、自覚症状や食欲、睡眠、既往歴などを質問して情報を集める事。
切とは、切診のことで、患者さんに触れて、脈診、腹診、ツボの状態(体表観察)などを診察する事。この四診を総合し、なぜ患者さんは、病気になったのかを判断していく。
この中には、北辰会独自の空間診という、気の偏りがどこにあるかの診断法や、腹診において日本伝統鍼灸古流派の夢分流(むぶんりゅう)を現代に生かせる打鍼術として応用している。

更に、診断後の鍼の本数は、1本または少数鍼にて、凝縮して効果をあげる方法をとっている。また、子ども、敏感すぎる人、弱りきっている人などに古代鍼(こだいしん)という接触鍼を使用し、刺さない鍼として応用している。

私も、現在も週1回~2回、奈良におられる蓮風先生の下で鍼灸の勉強を継続し、日々精進している。このことがどれ程、幸せな事かを感謝しない日は無い。
先生の偉大さを証明できる自分に成長する事、それは、多くの患者さんを救っていく私の使命であると共に、先生に対する報恩だと感じてならない。

2011年4月20日(水)

Vol.68不思議な出会い

(再会)
先日、福岡で20数年ぶりに恩師に再会した。恩師と言っても今までお会いしたのはたった3回。後は、年1回の年賀状のやりとりだけ。
なのに、一度お会いしたらそのパワーと優しさにグングン引き込まれ忘れられなくなる。本当に魅力あふれる先生・・・。

先生との出会いは、私が19歳の時、母から「この先生の本、素晴らしいから読んでみたら?」と勧められたのが切っ掛けだった。それは、『なぜ僕をしからないの?』という先生自身の障害児教育の実践を綴った本だった。
一気に読み、先生に熱烈ラブレターを出した。私の熱意が通じてか、神戸での講演会開催を先生より教えていただき初めての再会を果たした。
初めて出会った時の先生は、真っピンクのパンタロンスーツ姿だった。年齢は完全に不詳。得意の話術でどれほど皆を笑わせてくださったか、昨日のことのように思い出される。
講演後、「あなたのお手紙をずっと鞄の中に入れて、お会いできるのを楽しみにしていたんですよ」と持ちきれないほどのお土産を下さった。ひとりを徹して大切にされる先生は何十年経ってもいつも同じだった。

(自然体の素晴らしさ)
先生は現在、89歳(年齢ばらしてごめんなさい)。改札口ですぐ私を見つけてくださり、「実千代ちゃんっ!」と懐かしい響きのある澄んだ声が聞こえてきた。
先生のお顔を見て本当に驚いた。若すぎる・・・。髪の毛は黒黒としたセミロング(ほとんど白髪にならないと言われる)、柔和なお顔、しわが殆どない、お身体を拝見しても20~30年は若い肌。ただ、電動自転車で転倒してから膝を悪くされたとお聞きし治療に伺った。膝以外は完璧なほど柔軟な、バランスのとれたお身体だった。
その理由を、いろいろ探っていくと、現在もボランティアで太極拳と練功18法を教えられ、バイクを見たら「また、ナナハンに乗りたい!」と語る先生、恐るべし。そして、なんといっても一番の若さの秘訣は、心身ともに変な力が一切入っていないということだった。
自然体の先生のそばにいるとこちらの力も抜けて自然体でいられる。その感覚が不思議で本当に心地よかった。

(少しだけの恩返し)
また、ご親戚が著名な画家ということもあり、貴重な絵を数枚購入させていただいた。赤を基調にした果物の油絵とお花の水彩画。その画家信子さんは現在97歳で現在も絵を描いておられるというのだから驚くばかりだ。
大きなバラ庭園ともいうべき素晴らしいお庭。何か雰囲気のあるお家。ご家族の皆さんに初めてお会いしたとは思えないほど寛がせていただいた。
鍼灸に携わりこのような形で少しばかりご恩返しをさせていただけたことに感謝。亡き母の笑顔が浮かんでくる。

2011年3月23日(水)

Vol.66日本人の底力は大震災以上~世界に誇れる日本へ~

(東北関東大震災の爪あと)
自然の驚異がここまで容赦なく全てを飲み込んでしまうとは誰が想像し得たか、ある現地の医師は、生きていることは「与えられた奇跡」とその震災の凄まじさを表現されていた

私の母方の実家は福島県白河市、親戚友人も茨城、千葉、岩手と被災地に多数住んでいる。
数日前、やっと福島県と連絡がとれ全員の無事を確認した。
懐かしい福島の方言、向こうの人達は、世界でも驚嘆の声が上がっているように、その我慢強さ、忍耐強さ、人の好さでは群を抜いている

しかし、現実は悠長なことを言ってる場合ではない。
地震発生から10日目の21日の報告では、医療品が十分にある避難所はわずか6%。暖房や温かい食事が不十分なところも42%にものぼる。燃料は52%が不足、ガスは58%、水道は64%の避難所で使えていない。

(声をあげる事の必要)
韓国の有力新聞記者が日本に28時間かけて到着。あまりもの無残な現場を目の当たりにしながら「家族を失っても静かに耐えて秩序を保つ被災者の姿に胸を打たれた(21日付け毎日新聞)」と述べながらも、外国人が自力で行ける場所にも救援の手がのびていない現実に「マニュアル化されたシステムが、想定を超える被害の中で融通性を欠き、初動の救援がおくれたのでは(同新聞)」と指摘し、声を上げ政府を急がせる要求をと、他国の人が声を上げている。
今回の地震は津波、そして何より世界中をパニックにしたのは原発の脅威だった。

(危機管理の脆弱さ)
日本には現在54基の原発が稼動し国内の発電電気量の3割を賄っている。政府は30年までに14基以上を新増設する計画。既に3基が着工、他に11基の計画が進んでいるとのことだ。日本の電力にとって重要であることは理解できるが、世界でも有数の地震大国の日本にあって、その安全性は絶対に微塵の油断もなく世界一の注意を払うのは当然の責務だ。
油断は傲慢の生命の表れとしかいいようがない。

ところが、3月16日付けの某新聞によれば、事故のあった原子炉は、「マーク1」(沸騰水型原子炉)の一種で、米ゼネラル・エレクトリックが46年前に開発したものらしい。これは、原子炉格納容器が小さく水素がたまって爆発した場合、格納容器が損傷しやすいため、使用を停止するべきである事を、アメリカの専門家が40年前に指摘している事をニューヨークタイムズが報道した。
格納容器は、もし冷却機能が失われたら放射能漏れを封じる役目を果たす重要なものだ。福島原発では1号機から5号機が、設備が小さく現在主流の加圧水型より安価であるこのマーク1だった。
この事故から、即刻、アメリカでは、既存の原発の安全性確保のために点検をすることを決め、ドイツでも現在の原発計画を一時凍結し、スペインでも同じ型の原発停止を求めるデモが行われるなどその対応は本当に速かった。また、対応が速くなければ国民を守る事が出来ない。
原発の現場に命をかけて立ち向かって下さっている無名の人々には感謝しかない。

(庶民の善性が沸騰)
反対に、庶民の団結と救援のなんと早いことか。ボランティアが即多数押し寄せ、その人達を使い切る事ができずもたもたしている程だ。日本人全員が、子どもから大人まで、何か役に立ちたいと、いてもたってもいられない、それが今の日本。庶民の善性が沸騰している。

高校生たちのボランティア、雪をかき集めトイレの水に使用する婦人、老人の肩や手を優しく揉む小さな手の子ども達無料で何百台もの自転車を修理する職人、小さくても一人の人間の勇気がどれ程大きな希望になるか。
政府の対応の遅さを批判する間もなく、庶民は知恵と忍耐と団結でつながり全国的に大きな救済の輪が広がっている。
人間とはなんと逞しく健気で尊貴な生き物か。
人間の生命力はこの自然の驚異をも遙かに上回っていると確信する。

(生命は永遠を信じて)
悲惨の二文字しかない現地に、94時間ぶりに70歳代の女性が、96時間ぶりに20代の男性がそれぞれ救出。
そして、20日、震災から何と、9日ぶりに石巻で80歳の祖母と16歳の孫が奇跡が重なり生還されたニュースが大きく報道された。特に毎日、胸が張り裂けそうになりながら、救援活動に従事されている方々にとって、この事が、どれほどの喜びであったか計り知れない。
亡くなった人、生きている人、どちらもこれ以上の試練は探しようがない程の惨事。
特に生きている人達の悲しみが癒えるのは・・・長い時間と温かい励まし、復興への勇気ある行動が必要ではないか。

「絶対復興してみせる」と、ある男性は静かに言われていた。ひとりでもこの火が消えない限り復興は可能だと感動して聞いた。人間の生命力は人智測りがたいと確信する。

最後に、このコラムを素晴らしい英訳にして下さっているT先生の胸に染み入る言葉を、大きな希望の光、日本の使命としながらそのまま引用させていただきたい。
「これは、少年時の大阪・神戸の大空襲以上の
惨事です。 違いは、あの時は全世界を
敵にしておりましたが、今は全世界が助けて
くれています。 日本が重慶大爆撃を繰り返した
中国までが。 日本は変わらねばなりません。」

亡くなられた方々のご冥福と共に、また生まれ変わって愛する同じ家族と廻りあって欲しいと心からの祈りを込めて。

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