世の中には、素敵だなっと思う人が沢山います。電車の中にも、短かな日常の中にも、テレビや雑誌の中にも…たくさん。
素敵と感じるのは、外見とかでは無くて、その人の行動や考え方にあります。
今日、電車の中で隣に座っていた若い男性が、前に立っている人を見ると、サッと手招きして黙って席を譲られました。
譲られた人は、若い女性でしたが、マスクをされていて、重そうな荷物を手にしていました。
普通なら代わらないかもしれないその方に…。きっと身体の具合を察しての事でしょう。
その女性も、会釈をされ直ぐに座られました。阿吽の呼吸ともいうような。。。
こんな何気無い、小さな事が素敵な出来事として私の心に積まれます。
きっと、この男性は豊かな生き方を今後もされていかれるのだろうと感じます。
暗くて寒いだろうと思って相手の為に灯した火は、自分も暖かく照らすという故事があります。
小さな素敵な行動の積み重ね。そこには、私心が無くて、ただ相手のために…なのでしょう。
人間らしい高貴なその心、きっと誰もが持ち合わせているのだと感じます。
あとは、行動に出来るかどうかだけで。。。そこに、自分らしい意思のある生き方か否かの違いが出てくるのでしょう。
半年ほど前に購入したチケットを手に、一昨日珍しくひとりでコンサート会場に向かいました。
大阪フェスティバルホールの杮落とし公演でのオペラ鑑賞の為です。1番安い席でも3万円程するので遠慮して誰も誘いませんでした。
韓国人で世界的に有名な指揮者、チョン•ミョンフンさんの指揮に触れる事が私の目的です。
毎年、彼が関西に来られないかとチェックしますが、滅多に来られず、東京公演でも時間が合いません。今回は約6年ぶりの参加です。
この方がタクトを振ると、全てが変わるのですから魔法の様です。
音楽が変わり、空気が変わり、人々の心に深くタッチします。私は、一ヶ月近くは余韻が残って高揚感が持続するのですから、何万円出しても全く惜しくありません。
さて、ここまでは、コンサート前に書きました。続きは行ってから…。
この日、三倍の得をしてきました。指揮者は勿論の事、新生フェスティバルホール、メインのオペラ、と超一流に触れてきました。感動は魂まで響くようでした。約3000席は満席。。。建物も、人物も、全て一流と言われるものは、相手への配慮が抜群です。
たまに、こんな贅沢も心の肥やしになって良いものです。
指揮者のチョン•ミョンフンさんは、この日も絶好調でした。
何年経っても人を引きつける、この魅力は何でしょう。
きっと、音楽を通して人を幸せに、との彼の情熱の深さに引き込まれるのかも知れません。
先週、師匠が居られる奈良から、篠山市まで、母のお墓を経由して車を走らせました。
6年前に出会った恵美子さんという、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんの訃報をお聞きしたからです。
一度だけ師匠の元にお連れして診察を受け、その後、アドバイスを頂きながら5年間、治療させて頂いた患者さんです。
当初、医者から、間も無く食事が口から摂れなくなるので、今から胃瘻(胃袋に穴を開けて栄養剤を注入する方法)をしましょうと、4ヶ月連続で言われたそうです。
グルメの恵美子さんです。医者の言葉に憤慨し、結局、4ヶ月目でその病院に行かなくなり、近所の町医者に月一回の検診だけ受けることに。。。
恵美子さん、私と出会った時は、喋ることも動くことも全くできない状態でした。
ご主人も仕事を辞め、先月亡くなるまでの6年弱、1時間以上彼女の側を離れた事はなかったとのこと。
そんなご夫婦が、5年間、はるばる篠山市から西宮まで車椅子を乗せて通って下さったのです。
恵美子さんが、大泣きされたのは、初めて私と篠山市で出会った時の一度です。あとは、声無くも、可愛い目を細めて嬉しそうな笑顔ばかりでした。
ここ1年ほど、お見えにならず心配していましたが、2人の息子さんのご結婚、お姑さんの他界、そして、ご主人の大腸ガンの手術と続いたらしく…
ご主人の大腸ガンが検査にて、全く大丈夫ですとの報告を聞いた次の日、突然でしたが、本当に安らかに亡くなられたそうです。
喋れない動けない辛さに耐え、全ての家族の幸せを見届けて逝かれた恵美子さん、ご主人と感動をもって偲びました。
ご主人が、彼女は、3月17日未明亡くなる前日まで、美味しそうに食事をしてましたと。。現実です。
この日の丹波篠山の満開の桜は、彼女の優しい笑顔のようでした。恵美子さん享年66歳。またいつか何処かでお会いしましょうね。
吉川英治の小説『宮本武蔵』の中に、「あれになろう、これに成ろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。」という有名な言葉があります。
師匠が若い弟子に対して言ったものですが、道に徹するために大切な言葉だと思います。
鍼の道ー師匠の道です。師匠がおられることに感謝します。どうしても治らない患者さんや自分の中に迷いが生じた時、教えを請います。
師匠と何度もやり取りをさせて頂いてるある患者さん。ある日、自分流の稚拙な解釈を付けて師匠に問いました。
お返事は、「いつもの様にやりなさい」でした。当然ながら不動の師匠。自分を反省しました。するとお会いした時に色々説明を下さり、また連れていらっしゃいと。
嬉しくて早速、その患者さんに師匠の鍼を受けてもらうことにしました。2回目です。
しっかり見ておきなさいと、目の前で迫力のある鍼を見させて頂きました。目の覚める思いでした。
微塵の隙も無く師匠の言われるままに、最後まで、何があっても私情を交えずに。これが、教えを請う事だと痛感しました。
まだまだ、これからが修行の始まりですが、不動の自分を作っていきたいです。
それにしても、この患者さん、前回の治療時はあんなに嫌がっていたのに、今回は用心しながらも少しづつ近づいて、最後には師匠の頬にキッスです。驚きでした。
因みに、この患者さんはお子さんです。最後のチュッチュ療法は師匠の得意技。技あり~でした。
五年ぶりにドイツに住む友人が一時帰国してきました。
何十年も前から親族ごとお世話になっているご家族です。
彼女の息子さんにも久しぶりに再会。16歳の立派な青年に成長していました。ドイツ生まれドイツ育ちの彼ですが、その楽しさは完全に関西のノリです。
すっかり意気投合してしまいました。
彼が、5年前僕の舌を見てくれたよねと。そういえば…。その時、太っちょ!と私が言ったらしく。今日の舌はどうかと聞かれ、真面目に答えようと覗いてみましたが、驚きました。天真爛漫な性格とは全く違う舌が見られたからです。
この舌…かなり重症な肩凝りあるんじゃない?と伝えると、その通りらしく。続いて、この若さでこういう舌をしている人はね、将来、人の精神状態を診るような職業がいいかもよというと、その様な考えがどこかにあるらしいのです。
勿論、舌だけでは断定は出来ませんが、舌は唯一見える内臓の一部。それだけでなく結構、舌は色々な事を教えてくれます。その人の人柄なども感じる事ができたりするので、私は舌を診るのが大好きです。うちの患者さん達、私が顔を覗いただけで舌を出してくれますから笑ってしまいます。
彼は、生命力とユーモアに溢れていて、優し過ぎる程の繊細さを持ち合わせています。
強くて繊細。本当に将来が楽しみです。次、彼の舌を何年後に診れるか分かりませんが、きっと人生の変化と共に舌も成長した顔を見せてくれるのでしょう。