五年ぶりにドイツに住む友人が一時帰国してきました。
何十年も前から親族ごとお世話になっているご家族です。
彼女の息子さんにも久しぶりに再会。16歳の立派な青年に成長していました。ドイツ生まれドイツ育ちの彼ですが、その楽しさは完全に関西のノリです。
すっかり意気投合してしまいました。
彼が、5年前僕の舌を見てくれたよねと。そういえば…。その時、太っちょ!と私が言ったらしく。今日の舌はどうかと聞かれ、真面目に答えようと覗いてみましたが、驚きました。天真爛漫な性格とは全く違う舌が見られたからです。
この舌…かなり重症な肩凝りあるんじゃない?と伝えると、その通りらしく。続いて、この若さでこういう舌をしている人はね、将来、人の精神状態を診るような職業がいいかもよというと、その様な考えがどこかにあるらしいのです。
勿論、舌だけでは断定は出来ませんが、舌は唯一見える内臓の一部。それだけでなく結構、舌は色々な事を教えてくれます。その人の人柄なども感じる事ができたりするので、私は舌を診るのが大好きです。うちの患者さん達、私が顔を覗いただけで舌を出してくれますから笑ってしまいます。
彼は、生命力とユーモアに溢れていて、優し過ぎる程の繊細さを持ち合わせています。
強くて繊細。本当に将来が楽しみです。次、彼の舌を何年後に診れるか分かりませんが、きっと人生の変化と共に舌も成長した顔を見せてくれるのでしょう。
たまに患者さんから、先生は何食べてますか?と逆質問されます。
私は好き嫌いは全くありませんので、和洋中その他何でも食べます。
でも、小さい頃よく母が作ってくれた田舎料理は時々無性に食べたくなります。ホロ吹大根、芋の煮っころがし、肉じゃが、キンピラ、筑前煮という様な。
先週、豊岡に往診に行って、いただいた無農薬の大根の葉っぱで、ふりかけを作りましたのでご紹介します。
写真は大小の大根五本分の葉の量です。大根の葉っぱにはアクがありませんので、扱いが簡単です。よく洗って微塵切りにします。この微塵切りは結構ストレス解消になるものです。
それを胡麻油で炒めます。ふりかけですので水分飛ぶ程に。そこへお酒少しとみりんを入れて、また炒めます。最後に、台所の何処かに放ったらかしにしている、振りかけや、ちりめんじゃこ、梅干しなど好き好きに入れて味をつけます。これで出来上がり。10分もかかりません。
今日の大根ふりかけは、左がチリメン山椒入り、右がワカメの干からびてしまったふりかけの残りと白ごま入りです。
大根の葉っぱには、ビタミンCとカルシウムが豊富に含まれています。風邪の予防やお肌を綺麗にする一石二鳥の優れものです。
食すと胃袋が喜んでくれてるのを感じます。母は闘病中によく、元気になったら頭の良くなるお料理作ってあげるねと言ってました。
頭の良くなる料理って。。。
どういう意味だろうと考えると可笑しくなってきます。
でも、若しかしてこの大根葉っぱがそうなのかもと…ふと思いました。
人は兎角どうしようもない思いを抱えながら生きてるものです。
人間は動物の中でも繊細な心を授かって生まれてきました。
生きる事はある面、心に傷を刻みながら歩まざるを得ないのです。そして、どうしようもない思いを募らせていくのでしょう。
それは、満たされない愛情であったり、襲いかかる不慮の出来事、海外などでは戦争、飢饉、餓死などなど。この地球は人間の繊細な心が生み出した悲惨さで溢れています。
でも、もうひとつ、人には全ての事を乗り越えられる叡智も授けられました。ですから、克服出来ないものは無いと信じます。
色々人を見て、どうしようもない思いを肯定してる人は才能が抜きん出てると思います。
肯定は諦めでなく、これがあるから人の気持ちがより分かったり、バネにして大きな仕事ができたというように…。その思いを直視して、心の底から感謝が湧き出てこそ真の肯定ではないでしょうか。
この肯定が無ければ、その不足を埋めてくれる誰かを探して相手に依存していきます。どうしようもない思いに捕まり抜け出せない状態に陥りかねません。
鍼灸院にも日々様々な思いを抱えて患者さんが来られます。
術者がそれを大変と思うのか、その非凡な運命の中に大いなる可能性を感じるのか。その一瞬の思いに、分断か結合かの分かれ道があるように思います。
元々、全てのあらゆるものは、時空を超えて繋がっているのですから、本来の道を歩むことが自然なのです。結合しかありません。
先日、二週間ぶりに待ち焦がれた師匠の鍼を受けました。
私は一週間に約二回程師匠の鍼を受けてますが、このリズムが最高のコンディションを生んでいます。
この日も師匠は、体表観察してくださった後、あるツボに一本打たれ、「取り敢えず15分」と言われました。(鍼を置く時間は人によって異なりますので)
取り敢えずということは、まだ場合によっては続きがあるのかしらと思いつつ鍼を味わってました。
すると、この鍼、さ~っと涼しくなったと思ったら、ぎゅ~っと目の方に集中してきたりの繰り返しで面白い反応をおこしました。
師匠が戻られ、眠くなったか?と。あまり…とお応えすると、そうだろうなと言われ、足にあるツボに打たれました。今度は30分、よく眠れるぞと言われ去られました。仰る通り暫くするといつもの様に熟睡していました。
目が覚めると、パノラマ状に色々なものがハッキリ見えます。驚きです。師匠から疲れすぎるとやりにくくなるからなと言われ反省しました。
そして、一週間に二回の鍼の有難さをつくづくと感じました。
私の治療院でも、初めて来られた患者さんに、どの位の頻度で治療をすればいいかを問われますし、当然お伝えします。
気の巡りの良さと、普段のストレス解消法の有無、精神状態などを考慮しながら。
殆どの方には、はじめは週二回、重症な方は毎日か一日置きに来て下さいといった具合です。
色々と人によって戦略があるからです。
それにしても、今日も師匠の戦略に「王者の風格」感じてしまいました。
先月から、疲労感のため外出ができない患者さんの往診に行かせて頂いています。
まだ数回の往診なのですが、不思議に長くお付き合いがあるような感じがしてます。
初めて彼女のお家に入った時、スッキリしていて何て綺麗なのというのが印象でした。
本当に環境のいい外より、ずっとお部屋の空気が澄んでいて心地が良いのです。
勿論きちんと掃除をされているからなのですが、それだけでは無いものを感じていました。
私もそこに行くと元気になって帰れるというのでしょうか…この空間、不思議です。
彼女は決して身体は弱くありません。それは、東洋医学でいう所の「虚」の反応が殆ど見当たらないからです。むしろ運動をよくして発散した方が気が巡っていく「実」タイプなのです。
ある往診の日、ご夫婦と色々雑談をしている時に、この空間の心地良さ、何故か分かりました。
この御夫婦、陰陽のバランスが見事に合致しているのです。2人で完全な円満という意味です。
このお二人が日々発している円満の気が、このお家の居心地のいい空間を作っているのだと感じました。
彼女は、人の何倍も繊細なので、きっと下界の汚れに耐えられないのでしょう。澄んだお部屋は一種の無菌室のようです。これが外に出れない理由のひとつかも。。
鍼で濁りにも耐えられるようにしましょうか。。。ね。
往診で患者さんの御宅に伺う事は、その方の凝縮した人生の気を直接感じれる絶好の場です。
いろいろ教えて頂きます。