花の中にアリンコ達が…
深海に咲いてるみたい。
時間を見つけては、時々、植物園等に出かけてお花の写真を撮りに行きます。きっと皆さんに見てもらって喜んでるはずです。
この精巧さ、この色合い。素晴らし過ぎて溜息が出ます。
誰が作ったの?誰が調合したの?誰にも答えられないのですから…何て楽しいのでしょう。
そして、この花達と小さい生命が一生懸命生きてるのです。誰にも気づかれ無いように。。健気なものです。
こんな花たちを見つめて、人間に思いを馳せます。人も同じなんだと。存在してる事が奇跡的です。
鼻や目などの五感、意識や無意識の世界。この素晴らしさに謙虚にならざるを得ないです。
この五感が健康である事は幸せです。美しさも醜さも、有りのままを感じていける感覚。
五感は表層ですが、五感が正常ならその深層も正常なのです。
鍼は、人が自ら修復出来ない程の、雨風嵐に会った時、ほんの少しのアプローチで、大きく役に立ちます。表層から深層へ、抜群の修復能力を発揮してくれるのです。
ともかく、そのままを受け入れてくれる。これ以上の励ましは他には見つけられません。
これが東洋医学です。
小さくて可愛い。名は?
野アザミ
最近、気温のアップダウンと、湿気の為か、患者さんもこの気候のように体調の変動が激しいです。
毎日、体調が激震する方と、何がどうあれ全く影響の無い方と…色々です。
バックボーンには様々な要素があるのでしょうが、この差異、埋めていきたいものです。
仕事が多忙過ぎたり、人の何倍も気を使っていたり、精神的ストレスが大きい人…この様な方は、気分転換、絶対必要です。
普段している様な気分転換では追いつかない時もあります。
思い切って旅行に行くとか、近場でもガラッと環境を変える勇気、大切ではないでしょうか。
これは逃げてる訳ではなく、囚われてる心を開放する為です。
精神が縛られていたり、緊張していると気が動きません。
自然に触れて、場所を変えてみて、湧いてくる心を感じてみるのです。
開放も、執着も、停滞も、緊張も全て自分発です。
後は、気を停滞させるものに執着しない「しなやかさ」を、身体から、鍼で、湧き出していきましょう。
師匠が先日、「僕が開業して半年経った頃気づいたんだよ。人は何故、病気をするのかって」と言われました。
病んでる患者さんの、内面を感じられての発言です。
私達臨床家は、いつも患者さんから色々な事を教えて頂きます。
忍耐の人、無茶する人、臆病な人、素直な人、取り越し苦労の人、感謝の人…本当に様々な性格に働きかけていきます。
ですから、この仕事は難しく、やり甲斐もあります。
我々は、よく邪気と正気のせめぎ合いと、表現しますが、ある面、患者さんの内面と、こちらの内面のせめぎ合いでも有るわけです。
そこが負けているようでは、治療効果は芳しくありません。
押し過ぎず、引き過ぎず、でもある時は、グイグイ押して、ある時は、無風状態にする。それも時を逃さず、意識し過ぎずに。私は考えると全く出来なくなりますが。。。
この辺りのせめぎ合いは、師匠の得意分野です。
これが出来る様になるには、多分、相手を正確に知った上で、自分を強烈に保ちながら、自分を消す…技が必要でしょう。
臨床現場は正に、私達にとって闘いの場所ですから。。。
技ありでいかなくては…ね。
服部緑地公園にて
可愛い紫陽花と
先日、朝テレビをつけると、「人類の進化は突然変異から…」という興味深い一言が聞こえてきました。
生物学者の長沼毅さんの言葉でした。短時間でしたが、グングン話に引き込まれ、あっという間にファンになってしまいました。
お話が東洋医学に類似してる。。書籍も購入し、しばらくこの方の本ばかり読む事になりそうです。
テレビで、人の細胞は60兆個ですが、人の中に住むバクテリア(細菌)は100兆個らしく…バクテリアとの共同社会なんだと言われてました。
ですから、バクテリアを排除すると生きていけないという事です。
確かに、日本は除菌ばかりしています。医療現場でも抗生剤で…。菌がドンドン強力になっていきます。生き残るのに必死ですから当然です。
その強力な菌に、弱ってる方は殺られるのです。なのに、まだその菌を殺そうとする…無駄です。
勿論、必要以上の抗生剤の乱用を問題視しているのです。
私は、何の分野であれ、排除に対しては懸念をもってますので、生物学者のお話しは嬉しくなりました。
人も、自分が排除されたら嫌なはずです。なのに何故排除しようとするのでしょう。
これが私の素朴な疑問です。
ジャーマンアイリス
理論が土台にしっかり構築されていて、感覚の鋭さは群を抜いている。私の師匠です。
この感覚の鋭さは、どの様にして身に付けられたのでしょう。
先週も、師匠の治療所を見学に行かせて頂き、その感覚の鋭さを目の当たりにしてきました。
師匠曰く、子どもと動物は気が瞬時に動くからなと…。大人はダメだなと呵々大笑されます。
感覚の鈍い人には、全く感じる事の出来ない世界でしょう。
同じ空間に居て、同じものを見ても、そこに感覚の違いが歴然と現れます。
この感覚の鋭さは、多分、芸術の世界にも通じていて、精神世界のギリギリのところを歩いてるのかも知れません。
未知なる世界、好奇心が触発されてゾクゾクしました。不思議にその日、私の中で小児鍼への変革がおきたようです。
子どもと動物…。師匠が有りの儘、自然体だからこそ、色々感じられるのでしょう。
作為無いものに如何に働きかけるか…これ東洋医学の真骨頂かも知れません。