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実千代鍼灸院 Michiyo Acupuncture Clinic

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院長のブログ 実千代院長の最新ブログ

2015年7月5日(日)

父を偲んで (その3)

父は、謡(能の声楽部分)の師範で、3つも教室を持っていたそうです。知らなかった。。。

亡くなる3ヶ月前まで教えていたとの事。食道癌末期にも関わらず。恐るべし。

昔から、カラオケに行くとプロ級の上手さ。

腹式呼吸の訓練をいつもしていて、声を鍛えていたからですね。

私にはお腹が出るからと腹式呼吸を教えてくれませんでした。

娘だからというより、父にはいつも、素問・霊枢に書かれてある様に、柔軟な女性への特別な憧れがあったように思います。

父のお誕生日を居酒屋さんでお祝いした時、唄ってくれた謡は最高でした。

人目も憚らず、完全に自分の世界に入ってました。こんな所が本当に父らしいです。

2015年7月4日(土)

怒りが止まらない人。


生ある物を最後まで大切に…

怒り出すと止まらないんです。。と正直な患者さん。止めたくてもどうしようも無いのでしょう。

本当に辛いのはご本人です。

人間関係のストレスに対して、「自分と似てるからイライラする」と言われてました。

よく聞くと、本当は自分を信頼して欲しいのに、信頼してくれてないと感じての怒りのようです。

どうにも止まらない怒りの生命。本当に可哀想です。

怒りを人に向けてるようですが、結局、「自分を責め過ぎてシンドくなって、他人を責めてしまうんですよ。自分を責めないで。」とお伝えしました。

自分を信じる…簡単なようで難しいですが、

怒りは行き場の無いエネルギーの爆発でもあります。

身体から怒りの大元になっている深層へ、鍼は働いてくれます。

2015年7月3日(金)

父を偲んで (その2)

父は生前、「奇人会」という小グループを作っていたようです。亡くなってから知った事ですが。。

余程の奇人変人の集まりで、写真に写ってる方々…それは楽しい会だったのでしょう。

奇人変人と言えば、間中喜雄先生。

間中喜雄先生(1911-1989)は、外科医(京大医学部で医学博士号取得)でありながら、鍼灸医学の発展に貢献され、日本初の鍼麻酔による外科手術も成功させた凄い方です。

この先生、医師会ではかなり変人扱いされてたようですが、自らも、

入り口正面には、「奇人・変人大いに歓迎。ただし、一芸に秀でた者に限る。」と、掲げてあったそうです。

父はこの間中賞受賞者の第1号で、間中先生自らが父を選んで下さったらしいのです。父50歳時。

父から間中先生の裏話を度々聞かされました。

そんな話、私にする?という感じでしたが…父の奇人変人ぶりは、今尚、私の中で日増しになります。

2015年7月1日(水)

父を偲んで (その1)


紫のリンドウが咲き乱れてます。

7月は父が出生した月でもあり、逝去した月でもあります。

それも、昨年の7月、77歳でこの世を去りました。余程ラッキー7が好きだったんですね。父らしい。

今、父橋本正博の生命は何処に居るのでしょう。何を感じてるのでしょう。

宇宙空間が楽しくて、もチョットね~とのんびりしてそう。

そんな妄想はとっても楽しいです。

『素問』『霊枢』を白文で読み、殆ど暗記してたのでは、と思う程その精神に傾注してました。

何時も、素問・霊枢が本当に分かるのは70過ぎてからだぞ、と。意味深な言葉に、70歳が楽しみにもなったりして。

日本では何故か、特に、歳をとる事を忌み嫌う傾向が強いですが、

人生の侘び寂びを知って、深みが出て、豊かになるという事でもあります。

父の場合は、生前から異次元に生きてたような感じでしたので、

歳を重ねる度に、深みや豊かと言うより、激しくもユニークになっていった様に感じます。

2015年6月30日(火)

直感という事。

私の原点の書、藤本蓮風先生の『弁釈鍼道秘訣集』に、

「生命は生命で知り、直感によって書かれたものは直感によって把握する。

我々が何かを理解しようとして物事を分析する時、いつもある立場に立つ。

そして一面的にならないように多次元的に把らえて、それを総合して物事に近づこうとする。

しかしそれは外からの理解である。

本当に物事を知るには、その中に入って内から理解しなければならない。

それが直感である。」とありました。

確かに、師匠は常に人を丸ごと捉えて、その本質を理解しようとされてます。

心して臨床に向かいたいです。

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