40代 女性
幼稚園の頃から発疹有りステロイド使用。8年程前から首、耳下に肌汁伴う発疹が出る。仕事でストレス過多の時期。3年前他の鍼治療に通い顔の発疹は改善するが、再び瞼に再発。首、左耳下にも発疹と痒みが出て来院される。現在ステロイドの使用は無し。
肝鬱化風、湿困脾土と判断し治療開始。
6診目まで外関、後4回天枢。その後、後渓~肝兪~百会。いずれか一穴を使用。
初診後から体全体が暖かくなり、3診目で痒みがマシになる。その後もストレスや気温変化で悪化を繰り返すも、根気よく来院くださり、1年後には発疹も消え痒みも全く気にならなくなる。現在月一回来院。
ご本人は今まで色々してきた事が勿体なく感じると喜ばれる。
特に女性が顔に痒みや発疹が出来ることの精神的ストレスは想像以上に大きく、ネット等で様々振り回される傾向あり。
また皮膚の肌理が細かく色白の女性は肌が弱いため、過剰なストレスが続くと弱い皮膚に発疹が出易い。
「本来は 美し過ぎる その肌よ
振り回されずに 鍼しよね」
40代女性。今年の夏から手湿疹が悪化。それまでは痒みを伴う軽い湿疹だった。現在乾燥する為、ワセリンを塗るもジュクジュクした肌汁が出る。特に夜に腫れぼったく熱い。仕事も多忙で神経を使う上、愛犬の病気で心配事が重なる。
湿疹は起床時が一番酷く、喉に何か詰まったような梅核気を伴う。ステロイドを使用したくない為来院される。
肝鬱化火、傷陰と考え治療開始。バックに脾胃の問題も有り。
1診目「照海」使用後、ジュクジュクや痒みが無くなるが乾燥がキツイ。
2診目と3診目「申脈」、4診目と5診目「太衝」、6診目と7診目「三陰交」で手湿疹は綺麗になる。
初診時の手湿疹。
7診目の手湿疹。
西宮市の夕暮れ
空って不思議。
先週日曜日、久々に鍼の研修会に参加しました。実は数日前から初ぎっくり腰で、朝ベットの上で動けなくて…お昼から参加しました。
ここ数ヶ月かなり多忙の上、お付き合いやらで過食、睡眠不足、運転のし過ぎ等々が重なり、遂に、ぎっくり腰になってしまいましたぁ。
靴下履けない、顔を両手で洗えない、寝返り打てない、物が拾えない…酷いものです。自分でも笑いが。。
研修会に行くと、痛そうな私を見かねて学術部長の奥村裕一先生が別室で治療して下さいました。何という幸運。
先生は、見学したいという人達を追い出し(笑)、しっかり問診をされ、ツボを触わり(激痛のツボばっかり)、
刺さない鍼、古代鍼を左の後渓というツボに数秒翳した瞬間、
私の腰の痛い場所に響いて、その後、す~っと嘘のように痛みが無くなりました!鍼を知らない人は信じられないと思いますが事実です。
刺さなくても翳すだけで私の様に敏感な人は効果がありますし、鍼は痛む場所に浸透していきます。
これは私の患者さんも時々言われます。鍼をしてる間、痛い所が余計に痛んだり、過去に事故した箇所が疼いたり等々。。。
鍼は気血を巡らせる優れものです。鍼をすると、傷んで停滞している所に気血を巡らせようとする為にこの様な現象が起きるのでしょう。
私の腰は翌日も調子よく9割は治りました。後の1割は、明日師匠の鍼を受けて完治という事に…楽しみです。
それにしても、奥村先生の古代鍼の効果は半端なく素晴らしく感動しました。
勉強させて頂き感謝しかありません。
調和の美。
素朴の美。
鍼灸専門誌『医道の日本』は、1938年創刊の月刊誌です。
この専門誌、戦前から続いてるなんて凄い事ですね。
今回、嬉しい事に先月9月の900号発刊記念特集に私の記事が、そして10月の80周年記念特集に師匠藤本蓮風先生の記事が掲載されました!
私は以前2回執筆依頼があり、1回目は5年前、作家の小川洋子さんが来院下さり、「小川洋子さんが語る「鍼の魅力」」というタイトルで小川さんのインタビューと共に、その時の治療過程が掲載されました。
2回目は、3年程前、患者さんの治療について師匠から指導を受け寛解に向かった記事でした。
今回、3回目「私の学び方 伝え方」というタイトルで、影響を受けた人物についての依頼を受け、
勿論師匠の蓮風先生の事を中心に書き、その人の凝縮の川柳を…という事で、「破天荒 不動の信念 鍼狂人」(笑)を文末に載せてもらいました。
それを受けて、10月号は蓮風先生が、「技の原点 学びの原点」とのタイトルのもと、半世紀にわたる鍼治療の原点を語って下さいました。
文末の質問「100年後の日本、世界の鍼灸界の動向」に対しての回答は、簡潔明瞭!ホント素晴らしい。
それにしても、一番感動したのは、師匠の座右の銘・支えの言葉でした。
それは、「慙愧と感謝」。心に深くタッチしました。
新穂高の山々
以前、大好きな画伯「東山魁夷氏」の事を少しブログに書きましたが、先日、京都国立近代美術館に生誕110年記念東山魁夷展に行ってきました。
一番始めに展示されていたのは、勿論、有名な『残照』でしたが、見た瞬間涙が出てきて…自分に驚きました。
多分画の魂に感応したのでしょう。
この『残照』は、東山魁夷が次々と肉親を失い画壇的にもドン底の状態にあった時、千葉県房総半島の鹿野山に登り見た光景だそうです。
そして氏は、「天地の存在はこの瞬間に私と同じ運命にあり、静かにお互いの存在を肯定し合いつつ無常の中に生きていると感じた」と言われています。
これは、東山魁夷にとっての「風景開眼」の絵と言われているそうです。
ひとつひとつの作品に釘付けになりながら拝見しました。感嘆感動…言葉では言い表せません。
他の画と圧倒的に違うのは、絵がどれも信じられない程に澄み切っているのです。本当に輝いていました。
何事も、同じものを見ても人により見え方感じ方が違います。一点の濁りも無い澄み渡った魂に映し出された画伯の絵は、自然と人間の完全な融合…美の究極に感じました。
こちらの魂にまで届く程のインパクトがありました。
一本の鍼もそうありたいと心から思いつつ、自省しながら感動の余韻に浸っています。