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2007年07月20日

Vol.173つの力

(音楽の力)

少し前、世界的に有名な指揮者、チョン・ミョンフン氏のコンサートに行って来た。
私の座席はフェステバルホールの上から5列目だったが、こちらまで指揮者の息づかいが聞こえ、全身から迸る生命力がビンビンと伝わってきた。
コンサート終了後、身体が軽くなり、心の奥から沸々とやる気が湧いてきた。そして何より驚いたのは、この感覚が何と一週間以上は消えなかった事だ。
ミョンフン氏の言葉に“すべての音楽は、人間の内なる力を呼び覚ますためにある”とあった。まさにこの言葉通りの感動だった。
言葉を超え、誰もが本来持っている人間の内なる生命と生命が共鳴しあった素晴らしい体験をした。



(声の力)
“心の思いが顕れて声となる”との言葉が好きだ。
暗い声、明るい声、凛とした声、優しい声、棘のある声など等、声を通じて私達は様々な人間模様を作り出す。
どのような「心」で言葉を発するのかによって、相手にその心がよくも悪くも届いてしまう。学生の頃、駅伝で最後を走っていた私にクラスメートのひとりが「頑張れよ!」と声をかけてくれた。このひと言が私を一位に導いてくれた。
その時の場面は今でも映像としてそのまま残っている。



(精神の力)
中医学では、四診(望聞問切)のひとつ、「聞診(声を聞いたり、臭いを感じる)」を診断の一つとして重視する。声の強弱、話し方などで患者さんの生命力の如何をうかがう。
そして何より重要なのは、声を通して患者さんの思い、心を読み取っていくことだ。
中医学では精神と身体の状態は切っても切れない関係にあるとし、内面を最重要視する。


今日、私の鍼灸の師匠の所に、難病の患者さんをお連れした。
師は、まず患者さんの内面を指摘され、治ると言い切られた。
その迫力には、患者さんの病魔を断ち切らんとする師匠自信の戦いと、鍼に対する大確信が漲っていた。情熱と技術。これから生涯、自身の心を澄んだ鏡に映して反省し、前進ていくのみだ。


2007年07月05日

Vol.16教養ある食生活

(食べない方が元気になる?)
先日テレビで、戦国時代の武将、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康のそれぞれの「食の違い」について、興味深い話があった。
鳴かぬなら鳴かしてみせようホトトギスで有名な信長は「湯めし、鳥の塩焼き、焼き味噌」と塩分が多く、故に高血圧になりイライラし、猛々しかったのだろうと。
師のあだ討ち明智光秀討伐を電光石火やり遂げた秀吉は、各所の移動地点に「塩にぎり飯と生ニンニク」を用意させたという。
一方、秀吉が亡くなるのを忍耐強く待ったとされている家康は、長生き作戦をとり「ごぼう料理、魚、味噌汁、麦飯」と薄味でバランスよく食したらしい。
いづれにしても、鎧兜をつけて何日にもわたり戦、戦を繰り返していた時代。
米、味噌を中心とした質素な食事で、あのパワーをみれば“食べないと元気でないよ”は今では尚更“食べないほうが元気出るよ”に言い換えたほうがいいと感じる。


(美しい食べ方?)
“食べ方が美しい”こんな優雅な言葉は、最近耳にしない。
これは、食べるときの姿勢や箸の持ち方などの身のこなしや、口に運ぶ量やスピード、咀嚼の仕方などその食べ方。そして、もうひとつ、「何をどれくらい食すのか」も考えたい。
これは勿論、運動量や仕事の内容により違いを多少は考える必要はあるが・・・
私の場合、本を読んだり、考えたり、暗記したりする機会が多く、あまり身体を動かさないので、少食にすべきだ。
実際、少食であればある程、便通はよく、湿気の多い時でも身体はすっきり元気だと実感する。本当は、お碗、お茶碗、その他3、4個の小鉢を「マイ食事セット」として用意して、器にあった量の料理を日々食したいと念願するが、なかなか余裕が無いのが現実?いや怠慢?


(食生活の乱れは生活の乱れ?)
何を食べているかによって性格が出来上がると、様々な人達が警鐘を鳴らしている。
動物を見ても、肉食動物は猛々しく、草食動物はおとなしい。
キムチなど激辛料理を食している韓国の人達は、感情表現が非常に豊かだ。
薄味、菜食中心の日本人はどうか?海外に出ると特によく分かるが、どちらかと言えば控えめな感じだ。
患者さんの汗をみても、甘い物、油物が多い人は汗がベトベトしているし、臭いがきつい。
今はあらゆる国の食文化が流れてきてはいるが、家庭での食事は日本食中心か欧米中心かは、心身ともに関係が深いかもしれない。


また、イチロー選手も何年にもわたり、昼食は同じ店で、同じものを、同じ量だけ食べ続けているという。これは精神のぶれを防ぐために実行している。と聞いた事がある。
食生活が性格に影響を与える一例ともいえないか。
性格はその人の生活をつくり、日々の生活はその人の人生を作ると思えば、食生活は絶対に無視できない。
私自身、食生活の乱れは、生活の乱れだとはっきり感じている。
自分にとっての教養ある食生活はなかなか難しいが、食生活の乱れを正すことは、いい仕事をする上で本当に必要なことで、またそれは生活の乱れを軌道修正するための大切な目安となっている。



2007年06月21日

Vol.15うつ病を考える

(10人にひとりがうつ病?)

 2002年に行われた厚生労働省の調査によると日本人が一生の間に“うつ病”にかかる割合は6.5パーセントと報告。
約15人にひとりが発症する可能性があるらしい。
現在は10人にひとりとも言われているとの事…
その症状は様々な形で表れるが、人に会いたくない、出かけたくない、喋りたくない、の「3ない」から始まり、睡眠障害があらわれたりする。
早稲田大学の加藤教授は「うつ病になる人は、小さい頃から非常にプレッシャーが強くて、他人が自分をどう見ているかを気にする家庭で育っているケースが多い」と指摘している。


(心の中の悲鳴)

私の鍼灸院にも「うつ病」と病名をつけて来られる患者さんから、精神的に不安定であったり、やる気が無くなっていたり、電車に乗れない、勝手に手が動いてしまう、眠れない等など、様々な心理的要因が強い症状の方が来られる。
うつ病でもそうでなくなくても、殆どの患者さんは精神的な面(過ストレス)から暴飲暴食になり、そこへ運動不足が重なり、様々な症状を訴えられているケースが多い。


あまり多くは聞かなくても、その方の背中の凝り方を見れば、皆どれ程必死の思いで日々頑張っておられるか、と心痛む想いでツボを触らせて頂いている。
時々、「よく頑張ってきたね」の一言に嗚咽される患者さんもおられるほどだ。
心の中の声を聞けば、皆同じように悲鳴をあげているのではと思う。


(アドバイスでなく同意)

 同教授が語る「興味深い調査がある。原子力の炉心の溶解事故が起きたスリーマイル島で、事件後アンドリュー・ボームという心理学者が、島民のストレス調査を行った。その結果、家庭や隣人、地域などの人とのつながりが稀薄な人はストレスが強く、濃密な人の方がストレスは弱かった。家族、友達、あるいは愛犬かもしれないが、心の通じ合う者がいる人の方がストレスは少なかったのだ」と。

“人とのつながりが濃密”とは“お互いによく知っているがゆえに認め合える、許しあえる”ことだと感じる。
嫌な事、辛い想いを信頼できる誰かにひと言伝えるだけで、人間は救われるものだと実感する。何かアドバイスを求めているわけでもなく、ただ「そっかー大変やったね」「わかるわ」(大阪弁で)のひと言。
皆一生懸命生きている。一生懸命に見えなくても生きてる事は一生懸命でないと出来ない。
心の声を聞けば、どんな人も健気だなと感じるに違いない。
そして、「わかるわ」(大阪弁)と誰もが言ってあげられたら、沢山の身近な人を病気から守れる!

薬はこんな身近にあるのにと思うのは私一人ではないでしょう。